夜会の数日後、王太子カイトはリシェルとジェシー、数人の騎士を連れてテイラー伯爵領に赴いた。伯爵領に王族が訪れるのは初めての事で、テイラー家は対応に追われている。カイトは「大げさな歓迎はいらない」と言っているが、それでも最低限の準備は必要である。ルーナも学園に休暇届を出して戻っていた。何故か、友人のセイラも一緒である。
「テイラー家は夫人がいらっしゃらないからルーナが大変でしょう?私が殿下をお迎えするお手伝いをさせていただきますわ!」
と、セイラは張り切っている。セイラの目当ては王太子と一緒にやってくる近衛騎士だとわかっているが、手伝ってもらえるのはありがたい。
「時間ができたら、薔薇農園にご案内しますわね。」
「まあ!嬉しいわ!是非行ってみたいと思っていたの!」
少し前までは考えられないほどの活気が、テイラー伯爵家に漲っていた。

 王太子カイトとリシェルは馬車に乗り、その前後を馬に乗る騎士達が護衛し、伯爵家に到着すると、以前より格段に顔色の良くなったテイラー伯爵が出迎える。
「殿下、ようこそいらっしゃいました。」
「噂の薔薇農園を直接見てみたいと思っていたんだ。楽しみにしているよ。」
「今日はおつかれでしょうから、明日、ご案内させていただきます。」
伯爵は笑顔で王太子に応えた。
 王太子、リシェル、ジェシーを伯爵家に残して、他の騎士達は宿泊するホテルに荷物を運ぶ。晩餐の準備が整うまで、3人はサロンでくつろぐように案内された。
「懐かしいな。」
サロンを見回していたリシェルが呟く。クッションやテーブル掛けは変わっていたが、それ以外は迷子になったあの日と同じだ。
 しばらくすると、ルーナがメイドを伴ってサロンにやってきた。カイトがルーナにも座るように言うと、お茶の準備を終えてからソファに座る。
「テイラー領特産の薔薇の実を使ったお茶です。少し酸味がありますので、よろしければ蜂蜜を入れてください。」
ルーナは少し緊張した面持ちで、それでも誇らしげにカイトに説明した。カイトは何も入れずにお茶を口にして
「ああ、すっきりしているね。長旅で疲れているからちょうどいいよ。」
と笑顔になる。ジェシーが
「同行した騎士たちにも飲ませてやりたいですね。」
というと
「この領にあるホテルではどこでも、このお茶をお出ししています。」
とルーナが答え、カイトが
「それはいいね!是非王都にも持って帰りたいね!」
と言うので、リシェルは
「こちらの在庫を確認してから、検討します。」
と答えておいた。ルーナはお茶を褒められて嬉しそうだ。