12歳になった夏の終わりごろに、父がリシェルを仕事の視察に連れて行ってくれた。ケント公爵家のメインの領地は王都と隣り合わせなので、リシェルはあまり遠出をしたことがない。(馬車で1時間ほどの距離だ。ちなみにそこ以外にも領地はある。)父の仕事のついでとはいえ長い旅をするのは怖くもあり楽しみでもあった。

 視察の場所は王都から南に向かい、馬車でまるまる2日もかかるが、リシェルは飽きもせず馬車の窓の景色を眺めていた。いろいろな事が新鮮で興味を惹かれる。
 きらきらした目で外を見るリシェルを、父は微笑ましく見つめていた。

「兄様たちもしさつについてきたことがあるの?」
リシェルは父に尋ねる。兄達も同じように旅したのだろうか。父は少し考えてから答えてくれた。
「いいや、誰も連れてきたことはないね。」
にっこり微笑んだ父の表情から、リシェルは自分の特別扱いを嬉しく思う。ますます楽しみが膨れ上がるリシェルは、視察地に着いた早々、やらかすことになった。

「ここ、どこ?」
リシェルの背丈より少し高い木が隙間なく生えている。歩いても歩いても、緑色の景色が変わらない。
 さっきまで、父やその同僚の人達と一緒だったはずなのに、どこへ行ってしまったのか。景色が変わらない事にも不安を感じてリシェルは泣きそうになった。早くしないと日が暮れてしまう。ここで夜を過ごすなんて最悪だ。