リシェルは王太子カイトの手紙を宰相に渡したところからやり直したい、と本気で思っていた。何故カイトは夜会を開くと言ったのか。その目的を知り、目的達成の為の手段を説明された時点で、リシェルは眉毛が下がりきっている。
「リシェルにしかできない事だから。」
と王太子殿下に命令されてしまったら、リシェルは
「御意。」
と答えるしかない。それでも、この計画が成功すればルーナに喜んでもらえると思うと、少し気合いも入る。

 夜会でのリシェルの動きは、カイトに散々説明された。ふた言目には
「ちゃんと護衛がついているから、心配するな。」
と言われたが、自分の身の安全については心配していない。剣術に自信はないが、王宮内は騎士以外は刃物を持ち込んではいけないことになっている。リシェルが心配しているのは、誰かがリシェル達の策を見破るのでは、という事だった。そのことに関しては、兄のジェシーが
「大丈夫だ。俺の見立ては完璧だ。」
と自信満々だ。
 ケント公爵家の侍女が総力をあげてリシェルの夜会の準備をする。ばあやも久しぶりにいきいきとしていた。

 リシェルはワイルダー伯爵と合流して会場に入る。ワイルダー伯爵はケント家の遠縁であるが、後継者がいなかった。それで以前からジェシーかリシェルのどちらかを後継者にもらえないか、とケント公爵に打診しているらしい。
「私が想像していた後継者とはかなり異なるが……。」
ワイルダー伯爵はリシェルを見るなりそう言った。
「すいません、のっぴきならない事情がありまして。」
リシェルは申し訳なく思い、謝罪する。伯爵は、ふふっと笑って
「なんとなく事情は聞いてるよ。無事に終わるといいね。」
と励ましてくれた。