リシェルはランドリア王国筆頭公爵ケント家の四番目の子供として生を受けた。
 それまで息子ばかりだったケント家は、公爵も夫人も兄達も祖父母までもが女の子を切望していた(政略結婚の駒として娘が必要だった訳ではなく、単に溺愛できる対象が欲しかっだけである)が、生まれてきたのがまたも男子だったことで、非常に落胆された。
 ただ、その男の子は線が細くおとなしい子供であったので、家族たちはこれ幸いにとリシェルを溺愛した。特に夫人(リシェルの母)は度がすぎていて、いつもリシェルに女の子のドレスを着せていた。客人が来てもそのままだったので、ケント公爵家の四番目は女の子だ、という噂がまことしやかに社交界に広まっていた。

「だって、とても良く似合っているのですもの。」
少し大きくなったリシェルが母に兄達と服装が違う理由を問いただすと、彼女は少しも悪びれずにこう答えた。
 本当に似合っていたので、リシェルは反論できない。小さい顔の周りを緩くうねる細い金糸が縁取り、ぱっちりとした緑の瞳はきらきらと輝く。鼻は主張しすぎないが低くはなく、唇はぷっくりと小ぶりだ。人形よりもかわいいリシェルが可愛いドレスを着れば、可愛いくならないはずがない。
 兄達はそんな弟を取り合い、毎日のように喧嘩を繰り広げる。離れた領地にいる祖父母はしょっちゅう王都に来るようになり、父は王宮から帰宅すると必ずリシェルを抱き上げた。

 だがその生活は永遠には続かない。
 リシェルが12歳になるとさすがに夫人もまずいと思い始めたのか、ドレスはとても惜しまれながら片づけられた。いつもドレスを着せてくれたばあやも、とても残念そうな表情をしていた。
 当の本人は「動きやすくなったな。」ぐらいの感想しか持てなかったけれど。