あの頃はあった、ということは、今は無い、ということだろうか。

 あの広いバラの農園がなくなる、ということが、リシェルはいまいち理解できない。
「農園で働く人がいなくなったの?」
人手不足で栽培できないのか。しかし、ルーナはゆるゆると首を横に振った。
「農園はお隣のゲイツ侯爵家との境にありましたが……現在、その境界線が書き換えられて農園がゲイツ侯爵家の領地内にあるのです。」
ルーナはぽつぽつと話してくれる。
「そんな事ってあるのか?」
アントンが驚いて声を上げた。リシェルも目を見張りルーナを見つめている。セイラは口が開いたままだ。
「あの時、農園は伯爵夫人が手塩にかけていたと聞いたと思うが、夫人はどうされている?」
リシェルが聞くとルーナはますます俯いた。
「リシェル様、ルーナのお母様は数年前にお亡くなりになっていますわ。」
それに答えたのはセイラだった。リシェルはどきりと心臓を鳴らす。
「そ、そうなのか。知らなくてごめんね。」
 あの時は遠くから見かけただけだったがルーナとよく似た優しそうな女性だった。とても領地の基幹産業を担っているとは思えなかったと記憶している。リシェルが言葉を探していると、セイラがルーナに話しかけた。
「これまで、聞かない方が良いと思っていたのですが、よろしければお話しくださいませんか。不安は吐き出すことで少し軽くなるかもしれません。」
 ルーナは顔を上げてリシェル達を見ると、また俯いて小さな声で
「あまり楽しくないお話しですが……。」
と遠慮がちに話しだした。