何故か狼狽えるアントンを前にリシェルは更に続けた。
「先日の夜会でテイラー伯爵令嬢が婚約破棄されていた。その理由を探りたいんだ。」
リシェルは少し声を落とす。
「それなら、相手は確か……ジョルジュ・ゲイツ、だったと思うが。」
「ゲイツ侯爵家の?」
リシェルは驚き、両手をついて机に乗り出した。ここでもゲイツ家が出てくるのか。当時もっと真剣にルーナの心配をしていたら、事態は変わっていたかもしれない。
「そうだ。……あいつは婚約者がいるにもかかわらず他の令嬢にも気がある素振りをしていたと記憶しているが、そのことが関係しているのか?」
アントンの答えに、椅子に座り直したリシェルは顎に手を当てて考えこんだ。
「いつ頃からそうなったのかも覚えているか?」
「あー、そこは忘れたな。……本人に聞いてみればどうだ?」
アントンは大胆な提案をしてくる。
「ゲイツ侯爵家に行くのか?」
「いやそっちじゃなくて、令嬢のほう。確かセイラと同級生だ。セイラに茶会をすると誘ってもらうのはどうだろう?」
「対人関係に過敏になっているのではないか?」
「そうかもしれんが。……とりあえずセイラに聞いてみるよ。何か知ってるかもしれない。」
「よろしく頼むよ。」

 リシェルはアントンと握手をして騎士団寮を後にした。

 10日ほど経った頃、セイラがテイラー伯爵令嬢をニオル家に招いた、と連絡があった。その茶会の日はアントンも休日で、『同じ日に偶然兄(アントン)の友人が訪ねてくる』という設定で進める事にした。王太子殿下からは『くれぐれも内密に』と釘を刺されたので、アントンやセイラにもゲイツ侯爵家の疑惑については悟られないようにしなくてはならない。