しばらくすると会場の前方からざわめきが伝わる。夜会の開始の挨拶はまだなのに、何が起こっているのだろう。

「お前はこの夜会を何だと思っている!そんな年代遅れで地味なドレスで来るなんて、私に恥をかかせる気か!」
「…………」
男の声だけ聞こえる。どうやら時代遅れな衣装を咎めているようだ。
「もう我慢の限界だ。婚約はなかったことにしてもらおう。伯爵にも後で連絡する。金輪際私の視界に入らないでくれたまえ。」
「…………」
そして一方的に婚約破棄している。夜会の参加者の前で告げるなど、相手の令嬢の気持ちを思うとやるせない。

「酷いわね。」
「そうですね。何もこの場でなくとも良かったと思います。」
 サシャとリシェルが小声で話していると、向こうから女性が早足でやってきた。ドレスは流行のものではないし色もおとなしいが、素材は高級そうで、あそこまで貶されるほどのものではない。ハンカチを頬に当てているが涙を流しているのだろう。
 と思っていたら、女性がふとリシェル達の近くで顔を上げた。その頬が赤くなっている。
「ルーナ?」
知っている人物に似ていたので、リシェルは名をつぶやいてしまった。多分本人だったのだろう。呼ばれた女性は肩をびくりとさせて、急ぎ足で外に出て行った。