リシェルが4学年になると、兄は卒業して学園にはいなくなったが、親衛隊がこっそりと護衛していたり、その頃には無謀な令嬢も少数派になって、平穏な学園生活を送っていた。

 6月の晴れたある日の昼休み。午前にあった剣術の授業が散々だったリシェルは、かなり落ち込んで学園の裏庭のベンチに一人で座っていた。友人達は『気にするな』と慰めてくれたが、リシェルは小さい頃に剣術を習わせてくれなかった家族を恨めしく思っていた。
 そんなリシェルの前方を女生徒が横切っていく。体の前で教科書などをしっかり抱え込み下を向いて歩いていて、リシェルは『何か落とし物でも探しているのか?』とぼんやりと眺める。
「ルーナ!」
遠くから駆け寄る男子生徒に呼ばれ、女生徒はびくりと体を揺らした。
 その名前に覚えのあったリシェルは記憶を辿ってみるが、どうにも記憶の女の子と前方に見える女生徒が結びつかない。記憶に残るルーナはもっと溌剌として明るかった。あんなにビクビクする感じではない。女生徒の顔はここからではよく見えないが、髪の色はあの女の子と同じだと思う。
 男子生徒は一方的に話し、最後に女生徒の左肩を強く押して去っていった。女生徒はぐらりとよろめいたが、なんとか踏み止まっている。女生徒はため息を吐いてから、また歩き出した。

「なんだあれ?」
リシェルの心の声が漏れたのかと思ったが、それは友人であるアントンの声だった。