2月にみえる満月って、スノームーンっていうんだよ。綺麗な名前だよね。

君に教えてもらったから。2月某日、僕は満月をみた。
君が教えてくれたから。独りでみることが、余計に寂しかった。


君はとても美しかった。僕は君に一目惚れをした。
君はすべて完璧だった。そしてそのすべてを愛していた。今でも尚、君のことを愛している。

君は謙虚だった。
だがそれは自分を過小評価しているに過ぎなかった。
自分に自信がないと、僕に抱きつき泣いてきたことがあった。
「私は、私自信を愛せない。こんな自分が不甲斐ない。」
そう言っていたこと、僕はずっと忘れない。
僕は、彼女に何をしてあげたらいいか分からなかったことを後悔している。僕には恋愛経験がなかった。
僕は思わず、彼女の頭を撫でた。彼女は何も言わなかったが、背中にまわす手が力強くなったのを感じた。
経験がない僕だったけど、彼女のことを大切にしたいと本気で思った。
こんなに強く決心したのは、人生で初めてだったかもしれない。

君はとても涙脆い。
痛いこと、怖いこと、辛いこと、面白いこと、嬉しいこと。とにかくすぐ泣いた。だけどどの涙もとても美しかった。
彼女は声を出さずに静かに泣く子だった。
彼女の涙をみると、どうしても胸がじんわりしてしまう。
気づけば、僕の瞳も潤ってしまう。
彼女はきっと、その眼でたくさんのものを見てきたのだろう。
眼を瞑りたくなるようなこともあっただろう。
その過去が、何故か僕にも蘇ってくる時があった。
いろんなものをみてきたからこそ、涙脆くて強いんだろう。
そんな彼女が大好きだった。

君の書く字が好きだった。
彼女は、よく僕に手紙を書いてくれた。癖のない綺麗な字。
たまに手紙を読み返すと、彼女の顔、声、仕草、匂い、全てを思い出す。
彼女は麗筆である。文字だけでなく、文章も綺麗だった。
そして、最後に必ず「愛琥」と記した。アイコと読む。
彼女の名前だ。古風な響きが好きだった。
珍しい名前でもないが、僕にとっては特別だった。

君はよく空を見上げた。
「空って、全てを受け止めてくれると思わない?」
そういって、大きく深呼吸をした。
晴れている時だけではない。曇っていようと、雨が降っていても、君は窓の外を眺めていた。
君はとても雪が似合う子だった。彼女は2月7日に生まれた。
彼女が生まれた日は、大雪だったそうだ。
雪が降る時期になると彼女は、僕の目により一層美しく映る。
なんというか、儚さを感じた。
雪を見て、彼女はたまに泣いた。
頬の雫が輝いていたことを、今更思い出した。

2月のある日、彼女は電話をかけてきた。
「もしもし、蒼くん。いまどこにいる?」
「今ちょうどバイト終わったよ。いま高百合公園の近く」
「ほんと!私いまから行っていいかな」
彼女から夜の散歩に誘われたのはその時が初めてだった。
僕はベンチに座って彼女を20分程待った。
珍しく、彼女はダル着だった。
普段の姿からは想像できない彼女を見て、バイトの疲れが吹き飛んでしまった。
「ありがとう、待っててくれて」
彼女は僕の隣に座った。夜ってだけで、暗いだけで、何故こんなにドキドキしてしまうのだろうか。
「緊張してる、?」
彼女は僕の顔を窺いながら、手を重ねてきた。
心臓の音が彼女に聞こえてしまわないか心配で、
「今日月綺麗だね、満月かな」
と紛らわした。本当に綺麗な月だった。
「スノームーン」
彼女はそう呟き、僕は思わず「え」と聞き返した。
「2月にみえる満月って、スノームーンっていうんだよ。綺麗な名前だよね。」
彼女は、闇夜を照らす大きな満月だけを見ていた。
僕は、そんな彼女の横顔を見ていた。
長い睫毛に、月の灯りで輝く瞳が美しい。
彼女は何故か寂しそうな顔をしていた。
「来年もみれるのかな」
彼女の瞳は潤んでいき、余計キラキラしてみえた。僕は、不甲斐ない気持ちになった。
重なる彼女の手を握ると、彼女も握り返してくれた。
そのあと、唇を重ねた。今思えば彼女は、あのスノームーンが最期だったと悟っていたのだろうか。

彼女はもうこの世にはいない。

彼女は潰瘍性大腸炎だと診断された。
潰瘍性大腸炎は、現在の医療では完治できないとされている。
見つかるのが遅かった。
死亡率は低いものの、彼女は亡くなってしまった。

彼女は病気のことをを僕に隠した。
だけど、僕は彼女が隠し事をしていることにすぐ気づいた。
病気のことを打ち明けてくれた時、涙脆い彼女は泣かなかった。

2月になると、彼女のことを思い出す。
今年の満月は2月7日。本当だったら君は、今日また僕と歳をとれたのに。
綺麗な華は、早く摘まれてしまう。
深夜10時、僕は高百合公園に向かった。
星が綺麗にみえていた、そして大きなスノームーン。
愛琥の全てを思い出し、僕は気づいたら泣いていた。
空から降る雪が、どうしようもなく、美しかった。

珍しく、この公園に花が一輪咲いていた。
近づいて見てみると、それは勿忘草だった。
花言葉は、「真実の愛、私を忘れないで。」
2月7日の誕生花は、勿忘草だったな。
今日、ここに愛琥が来てくれた気がして、とても嬉しかった。
月に雪がかかっている。
今でも尚、君のことを愛している。