オディールが死んだ日に


最初に”その部屋”に入ったとき、『何て寒い部屋なんだろう』と感想が浮かんだが、無理もない、そこは遺体を保管する所謂霊安室だと言うことを、入ってから気づいた。


ドラマや映画で見るシーン。どこか他人事で作り物めいた世界だと思っていたが、今その世界は俺の目の前に現実としてぶら下がっている。


中央に置かれた無機質なベッド。ベッドの上部には小さな白い祭壇と思われるものが設えてあって、線香が上がっていた。ベッドのその上に横たわった人型。勿論その体にも白い布がかぶさっていて顔にも四角い布巾が覆いかぶさっている。それだけだとその横たわった所謂”遺体”と言うのが、女なのか男なのかもまだ判別はできない。


心臓が早鐘を打った。


違う、翆じゃない。


翆は今頃パリにいる筈。と、ここまで来てもまだ一縷の望みを捨てきれなかった俺は往生際が悪いのか。


年配の刑事の方がその横たわった人型の顔の部分の布をゆっくりと取り去った。


「奥様ですか…?」


との問いかけを最後まで聞かずとして、俺は






「翆っっっ―――――!」





と叫んでいた。


違う、と思いたかった。人違いであって欲しいと願った。


どれだけマスコミが報じようと、身分証明書が彼女の元であっても、何かの間違いであってほしいと。


しかし、この瞬間俺の願いはあっけなく崩れ去った。


まるで眠っているような穏やかな表情。それは亡くなるときにそうだったのか、或いは警察の計らいなのかは分からないが、それは俺が見知っている翆の寝顔に酷似していた。しかしどれだけ顔を近づけても息の芽吹きも感じられない。あのいつも蠱惑的な赤い唇はすっかり色を失って青紫色をしている。


まるで大きな人形が眠っているようなきれいな顔。


いや



遺体だ。




「翆っ!」


俺は彼女の華奢な肩を掴んだ。その白く華奢な肩からは人間の温度を感じなかった。まるで氷のように冷たい。


「柏原さん!」と若い方の刑事が俺を止めに入ったが、俺はそれを乱暴に振り払った。



翆――――








嘘だと言ってくれよ。