オディールが死んだ日に


カラカラカラ……


何の音だろう、と耳を傾けていると、その音は耳の奥で聞こえ、入ってくる音と言う音が崩れ去る音だと気付いたのはそれからどれぐらい経ったときだろうか。


「はい?」


間抜けにも程がある。俺はそう答えていた。


『ですから先ほども申し上げた通り、柏原さんの奥様と思われる遺体が発見されまして、身元確認のため一度署に来ていただきたいのですが』


電話を掛けてきた警察官は無機質に……いやいっそ事務的に答えた。


これが身内を失った遺族に対する答えか、と思うと怒り…よりも虚しさを感じた。


嘘だと言ってほしい。


だがカレンダーを見ても今日は7月の10日で、エイプリルフールはとっくに終わっていて、誰が何のために俺に嘘を着く必要がある、と自問した。


結局俺はすぐに指定された署に向かうことに承諾した。


後の細かい仕事の調整は原に任せた。


ビジネスバッグとスーツの上着だけをひっつかみ、専属の運転手に指定された署に向かったのは午後5時過ぎのことだった。


所轄、と言うのだろうか、それでも小さな交番以外あまり馴染みのない俺は警察署の前で少しばかり引き腰だった。


死んだのは―――本当に妻なのだろうか。


本当ならば翆はまだパリに滞在中か日本に帰ってくるために移動中。なのに日本の、……しかも割と離れていない場所で遺体で発見される―――なんて、信じられない。


きっと何かの間違いだ。


そうだ、同姓同名の見知らぬ女の可能性がある。


必死に自分に言い聞かせるも、さっきのワイドショーのアナウンサーの言葉が蘇る。アナウンサーはバレエダンサーの黒瀬 翆さん、本名柏原 翆さんと断定される、と言った。


確かに妻は結婚前は黒瀬 翆として活躍していた。結婚後からも苗字が変わってしまえば認知度が下がると言った理由で仕事上では旧姓の黒瀬を語っていたが。


受付と思われる場所で事情を説明したら、二階に上がるよう促された。


言われた場所に向かう最中、俺の少し前を歩く初老のくたびれた感じの小さな男…恐らく刑事だと思われるが


「何でマスコミのヤツは遺族に身元確認もしてないのに、勝手に決めつけて放映してるんだ」と渋い顔を作っていた。


「ハイエナみたいな奴らですからね、スクープだと思って食いついたんじゃないですか?ご遺族には気の毒ですが」ともう一人は俺ぐらいの年齢の、こちらも刑事と思われる男が答える。


「スクープかぁ?落ちぶれたバレエダンサーだぞ?」


落ちぶれたバレエダンサー………


そう言われて今すぐその刑事の胸倉をつかんで殴り掛かりたくなったが、何とかその衝動を留めた。


「あの」


俺が話しかけると、二人の刑事は顔を合わせ




「柏原 匠美です。妻の翆が亡くなったと聞いて」



と言うと、二人は突然慌ただしく頭を下げてきた。


「これは失礼しました、ご遺体はこちらに」と若い方の刑事が促し、額に浮かぶ青筋がドクドクと音を立てていたが、必死に抑えながら俺は刑事たちの後に続いた。