オディールが死んだ日に



雨が降ってきた、と感じたのは深夜の3時過ぎだった。ベッドに潜り込んだものの眠気は一向にやってこず、「今何時だ?」とスマホで時間を確認したのはもう5回。


まだ梅雨明けしていない空は雨雲がまるで赤ん坊のようにぐずっているのか、なかなかこの夜を通過してくれない。


そう言えば翆と最後に夜を共にしたのも雨の日だった。


『眠れないの?』


俺はなかなか寝付きが悪い方で、あまり良くないことだが寝酒に頼ることがある。それでも眠れない日は、翆が俺の頭を腕に抱いて


『今日は仕事のことを考えるのはやめて、私のことだけ考えて?こうやって朝まで一緒にいましょう』と言った。そう言われると不思議と良く眠れた。


その翆はもういない。俺の頭をまるで赤ん坊のように抱きしめ癒してくれるあの温かいぬくもりと優しい香り。


翆―――





『―――匠美』




いつの間に、うとうととしていたのか。いつもはなかなか寝付けないのに、流石にスコッチのボトルを殆ど空にしたからかいつの間にか眠っていたようだ。名前を呼ばれてうっすらと目を開けると、俺の大好きだった翆の顔が間近にあった。彼女はうっすらとほほ笑んでいた。


「翆―――!」


俺は翆の顔を引き寄せ、


「会いたかった。会いたかったんだ!死んだなんて、やっぱり嘘だったんだな。もう二度と離れないでくれ―――」


翆の感触を腕いっぱいに感じたくて、彼女を抱き寄せ、俺の好きだった唇にキスを落とす。


ふとした日常を思い出した。


ベッドの隣に置いてある翆のドレッサー、少しばかり少女趣味なデコレーションがしてある大きな鏡に向かって翆はお気に入りの口紅を塗っていた。椅子に座った彼女の背後から俺は彼女の両肩を抱きしめ、翆の顔をこちらに向けると口づけした。


『もう、口紅を塗ったばかりじゃない、また塗りなおしだわ』翆は苦笑こそしたものの、本気で嫌がってはいなくて俺の口づけを受け入れてくれる。


『口紅の味、好きなんだ』


『変わった人、私は嫌いだわ。おいしくないし。チョコレートの味がするならいいけれど』と翆はくすくす笑い『あなたに口紅の色移っちゃったじゃない』と俺の唇を親指で拭う。『チョコレートより翆の口紅の方がうまい』その親指にさえ口づけを落とし、『もう、あなたがいるとお化粧が全然すすまない』とまたも笑った。


『元々薄化粧だし、時間かからないじゃないか』


『その分匠美に構えって?ホント、大きな子供ねあなたって人は』翆は無邪気に笑った。


その笑顔が今、間近にある。


「翆―――」


俺は翆の顔をもう一度引き寄せると再び口づけを交わした。


浅く、深く―――


息継ぎすら勿体ない気がして、ひたすらに唇を重ね合わせた。