オディールが死んだ日に


「俺との生活が不満で離婚したい、とか言い出すんじゃないだろうな」


俺はわざと明るく言って強引に笑ってみせた。


「そんなことじゃないわ。私は匠美とのこの生活に満足してる。匠美はいつだって私の世界に土足でずかずか入ってこない。その距離感が好きなの」


距離感……


好き―――かぁ…


俺も妻のそう言うところ、好きだよ。俺もどちらかと言うと干渉されたくないから。妻と結婚する前、俺はそれなりに女とそういう関係…つまりは肉体関係だけの軽い関係があったがそのどの女も俺が仕事を優先することに渋面を浮かべていた。大抵の女は仕事が理由で別れていた。それを思い出すと妻は物分かりが良いと言うのか。


欲を言えばもう少し二人の時間が欲しい、と、まぁ若干の不満はあるものの、離婚を考える程の重大性を今のところ抱いていない。


離婚話じゃないとすると、一体何なのか。


何故一週間後、帰国してからじゃないと話せないのか。気になったが、気になったところで妻に問いただしても彼女はきっと応えてくれない。


「分かったよ」


結局、そう答えるしかなかった。


昔の血気盛んな俺ならとてもじゃないがこんな風に答えられなかっただろう。歳はとりたくないものだ、と思う一方歳を重ねた分だけ人間成長するものだ。


そういうわけで次の日、俺は彼女を送り出した。空港まで送って行きたかったが、生憎俺の方に仕事の重要会議が入っていた為、それはできなかったが


「大丈夫よ、子供じゃないんだし」と彼女は少し悲しそうに笑った。


彼女の右目の下にある泣き黒子がそのとき妙に印象深く見えたのは、その黒子がまるで涙のように見えたから、なのかもしれない。


「じゃぁね、行ってきます。匠美も気を付けて」


彼女のお気に入りの口紅の色、やや赤みが強いピンクローズの色が乗ったくっきりとした輪郭の唇でキスをされて、彼女を送り出したその日から俺は相変わらず仕事に忙殺される日々が続いた。