オディールが死んだ日に


結局カップラーメンを片付け、飲みかけのスコッチのボトルとグラスだけを持って俺は寝室とは別の書斎に向かった。パソコンデスクと、本や雑誌などがずらりと並んだラックに、オーディオとスピーカー、ソファとローテーブルが置いてある。仕事をしているとたまに寝落ちしてしまうときがあるからソファは何かと重宝している。


俺はデスクトップ型のパソコンを立ち上げ、インターネットの検索サイトに”黒瀬 翆”と打ち込んだ。


今更妻のことを他人に教えられるのは癪だが、俺は彼女のこと一体どれだけのことを知っていたのだろう、と結に言われて改めて思った。


検索サイトからすぐに翆の名前は出てきた。そこに掲載されていた翆の経歴は彼女の口から聞いたものと変わりなかった。


4歳でバレエを初めて18で国際的に活躍するプロのバレエダンサーになれる登竜門と呼ばれているコンクールに優勝。見事その座を勝ち取ったことは本人に聞いていたが、その後国内外で活躍していたのは約一年。19~20までの経歴が空白だった。


20、と言うと結を産んだ歳になる。その空白の経歴が妊娠、出産だとしたらおかしくない。


その空白の経歴を調べようとあらゆるサイトを調べたがどのサイトにも噂程度のものしか載っていない。あるサイトは事故、あるサイトには怪我や病気、あるサイトではスポンサーとの不倫がこじれて出演させられなかった、と。根も葉もない噂ばかりだ。翆は生前言っていた。自分は幸いにも怪我をすることはなくプロのバレエダンサーとして恵まれていた、と。ただ不倫については分からない。もしそれが事実であれば翆が俺に言えることでもないが。


もし……もしその仮定が当てはまるなら、不倫した男の、子を孕んで一年間の休養を取ったのだろうか。


翆がその後プロバレエダンサーに復帰したのは彼女が21を迎える少し前。休養中のブランクをもろともせず、プロのバレエダンサーとして見事に返り咲いたのはロシア公演の「ハムレット」の”オフィーリア”役だった。