オディールが死んだ日に


正直、この発言には驚いた。そりゃ将来的にそうなりたいと願ったことは無くはないし、もし望んでいなくても子供が出来たら結婚しようと思っていた。しかし今はまだ時期ではないと勝手に思っていた。いくら主役級の役がもらえないにしろ、翆はそれなりにバレエダンサーとしてのプライドや誇り、そして何よりバレエが好きで楽しんでいるようだったから。それを俺の一方的な思いで邪魔はしたくなかった。


「ごめんなさい、今の発言は忘れて」


翆は俺の腕から抜け出ると、床に落ちたバスローブを羽織った。


俺も半身を起き上がらせ、ベッドから離れようとする翆の腕を掴んでいた。


「どんなことでも順序ってのがある。


結婚しよう」


それが俺のプロポーズだった。翆はその時泣きそうな顔でぎこちなく笑い、小さく頷いた。


結局、結婚してからもすれ違いの生活からか、それともどちらかの体に何らかの異常があるのか確かめていないが俺たちは子供に恵まれなかった。


子供が欲しい、と言い出したのは翆だができなかったことに関して特段悲観したりはしていなかった。それとも子供は口実で単に俺と結婚がしたかっただけなのか、と思ったが二人で一緒にいるときはそんなことを考えられない程俺は満たされていた。


「―――と言うわけだ」


俺は翆との出会いから結婚に至るまで結に簡単に説明を済ませた。流石に出会った次の日にもう寝たとは言えなかったし、子供が欲しいから結婚したことも端折ったが。


「ふぅん、じゃぁおじさんのナンパから始まったんだぁ」


結は面白そうに目を細めて頬杖をつく。


「ナンパぁ?言い方」


「だってそうでしょ?一目ぼれってヤツでしょ、それ」


「まぁ、そうだったな」


「そんなことってあるんだね」結はどこか懐かしそうに目を細め、うっすら笑った。途端に、翆の横顔がその幼い顔に蘇る。翆も、そんな風にほんのり笑うことがあった。それは街中だがどこか冴えない場所でひっそりと、しかしどこか美しさをにじませた名も知らない小さな花のような繊細な笑顔。


やはり結は翆の―――