その封筒は少し古びていた。宛先はここから高速で車を飛ばして2時間程の都会と少し離れた郊外。しかし田舎過ぎる程の場所でもない。宛名は”八神 静子 様”となっていた。切手の消印は今から三年程前。ちょうど俺たちが結婚したとき……いや日付を見ると結婚してから数か月と言うところか。
「この八神 静子ってのは?」
「あたしのおばあちゃん、お母さんは生まれてすぐあたしをおばあちゃんの養子にしたみたい」
翆は何故養子にしたのか。まぁそれは追々探っていこう。
そう言えば―――俺は翆の両親や兄弟を知らない。とは言っても翆自身が両親は亡くなっていて兄妹もいない、天涯孤独の身だと言っていた。俺はそれを信じたわけだが、あれは翆の嘘―――?
「そのばあさんは?お前が突然居なくなって心配してるんじゃないか?」
「心配……できないよ」
できない?
「一週間前、死んじゃったから…まだ61歳だったのに。ここ一年程病気で寝込んでて」結ははじめて悲しそうな表情で俯き、唇をきゅっと噛むとジーンズの上に置いた手に力を込めた。
そう……だったのか。マズイことを聞いたかな。と思ったが、妙な同情心を抱いたら何かとんでもないことに巻き込まれそうで、俺は極力その話題に触れないように、と思ったが
「お前のばあちゃんと言うことは翆の……」
「お母さんだよ」
俺は封筒を裏返し、差出人を見た。住所もここになっているし名前も柏原 翆と書かれている。覚えのある翆の文字。少し右肩あがりの…しかしきれいな文字。
封筒は封が開いていて、俺はその中身を取り出した。手紙が一枚と写真が一枚出てきた。
最初に写真を見ると、それは俺と翆が結婚したとき二人っきりで撮ったウェディングフォトの一枚だった。結婚式は挙げてないが、その代わりと言っちゃ何だが記念と言う意味で写真だけは撮った。真っ白なウェディングドレスに身を包み、頭にティアラをそこからふわりとしたベールを垂らして、普段あまり笑わない翆が貴重な笑顔を浮かべている。その腕はタキシードを着た俺の腕に絡めていて、俺もまたカメラを意識したのか笑顔だった。
”前略
ご無沙汰しております。なかなかお手紙を送れなかったことお詫び申し上げます。
お母さんと私の娘、結はお元気ですか?
私は先日、柏原 匠美さんと言う男性と結婚いたしました。とても誠実な人で私のことを慈しんでくださいます。
お母さんには私のこと、そして結のことで度々迷惑をお掛けしたこと心からお詫びいたします。
でも心配しないでください、私は匠美さんに愛され、またまっ暗闇だった私の人生にたった一つの光を点してくれた人と一緒に居られてこの上のない幸せを感じています。
思えば数奇な運命に流され、この歳になってしまいましたが、私は今匠美さんのおかげでようやく一人の女として自立できた気がします。
私も彼を心から愛し、だからこそ娘の結の存在を彼に打ち明けて引き取りたいと思いました。
勝手を言って申し訳ございませんが、可愛いわが子をもう一度この手に抱けるのなら、と思いこの手紙を送りました。
どうか私のわがままをお許しください。
取り急ぎ、お礼とお詫びまで。
早々”
翆――――



