夜会会場のバルコニーでは、若い男女が愛を語り合っている。

「愛しているよ」

 金髪碧眼の身目麗しい王子様にそう囁かれて、うっとりするお相手の女性。

「パトリック殿下……」

 二人の影が重なる。その様子を私は冷めた目で見ていた。

 何が悲しくて婚約者の浮気現場を見ないといけないのかしら。そう、今バルコニーで女性とイチャついている男のほうは、信じられないことに私の婚約者だ。

 パトリック殿下が私の視線に気がついた。あわてる様子も、悪びれる様子もなく口元が弧(こ)を描く。

 まるで私に浮気現場を見せつけて楽しむように。

 私はため息をつくと、静かにその場を離れた。すぐに赤髪の護衛騎士が私のあとを追ってくる。

「ジェシカ様! あのままにしておいて良いのですか!?」

 良いも何も、浮気をされるのは今回が初めてではない。

 パトリック殿下は私と一緒に夜会に参加するたびに、婚約者である私を置いて別の女性との逢瀬(おうせ)を楽しみに行ってしまう。

 そうなると、私はいつも一人になる。以前、酔った男性にからまれそうになったこともあり、護身のために夜会にまで護衛騎士を連れ歩くことになってしまった。

 私はターラント公爵家騎士団の副団長であるアンディを振りかえった。アンディは、ターラント公爵である私の父にも認められるほど優秀な騎士だ。

「ジェシカ様、あの愚か者の首を取るご許可を! 見事に打ち取って見せます!」

 私はアンディの顔を見つめた。冗談を言っているような顔には見えない。

 ……その、少しだけ暑苦しいところはあるが、それだけ職務に真面目だということだと思う。

 でも、パトリック殿下はこの国の第三王子だ。本当に打ち取ってきたら困るので、私は話題を変えた。

「アンディ、いつも夜会に付き合わせてごめんなさいね」
「私のことは良いのです! それより、あんな男にジェシカ様を侮辱されて黙って見ておれません!」
「そうねぇ……。ここまでされるとお父様もお怒りになるかもね……」

 この婚約は、私の父であるターラント公爵からの援助がほしくて、王家の希望で結ばれたものだった。

 ターラント公爵家としても、跡継ぎが私しかいなかったため、婿養子に入ってくれる貴族令息を探していた。

 こうして、両家の利害が一致した。

 国王陛下からもこの婚約が持つ意味をお話しくださっていたのに、パトリック殿下はまったく聞いていなかったようだ。

「さぁ、どうしたものかしら?」

 ここまで軽んじられては、ターラント公爵家を侮辱されているようなもの。

「何か手を打たないとね……」

 私がそうつぶやいたとき、夜会会場の一角が騒がしくなった。

「ジェシカ・ターラント、どこだ! 今すぐ私の前に出てこい!」

 私の家名が、パトリック殿下に敬称もつけられず呼び捨てにされている。

「浮気の次は何かしら?」

 出ていかずに私がため息をついていると、パトリック殿下のほうからやってきた。

「見つけたぞ、ジェシカ!」

 パトリック殿下の隣には、先ほどの浮気相手の女性がピッタリとくっついている。何が楽しいのか二人ともニヤニヤと笑っていた。

「ジェシカ、君とは今日限りで婚約を破棄する!」

 私はあきれ返って無言になってしまった。私から破棄をするならともかく、どうして浮気をしていたほうがそんなことを言ってくるのかしら?

 どんなことを言ってくるか純粋な興味が湧く。

「婚約破棄の理由をお聞きしても?」

 パトリック殿下は、フフンと笑った。

「君には可愛げがない。女性というのは、彼女のように可愛くなければ」

 パトリック殿下に肩を抱き寄せられた女性は勝ち誇った顔をする。

「はぁ……可愛げ、ですか?」

 言われてみれば確かに私には可愛げはないかもしれない。私も浮気者の男性には嫌悪感がある。

 このまま婚約を続けていては、双方不幸になるのが目に見えている。

「そうですね。では、婚約破棄をうけたまわ――」

 私が「うけたまわります」と言い切る前に、私の視界いっぱいにバラの花が広がった。

「は?」

 なぜかパトリック殿下が私に大きなバラの花束を差し出している。

「ウソだよ、ジェシカ!」

 バラの花束の向こう側でパトリック殿下が満面の笑みを浮かべた。

「まさかこんな冗談、本気にしていないよね?」

 パトリック殿下に寄り添っていた女性や、周囲の貴族たちがニコニコと笑っている。

「僕が愛しているのは君だけだよ、ジェシカ!」

 私は首をかしげた。

「愛ですか? 殿下はそちらの女性にも同じことを言っていたようですが?」
「ああ、あれはほんの遊びだよ。恋は駆け引きと言うだろう? 恋多き男のほうが魅力的じゃない? ジェシカは愛する僕が別の女性に愛を囁いて嫉妬した?」

「では、殿下は私を嫉妬させるために、わざわざ別の女性を口説いて見せつけていたと?」
「そうだよ、そのほうが盛り上がるだろう? 一番は君さ。愛している、ジェシカ」

 なんなのでしょうね、この人は。

 もう会話すらしたくなくて黙り込んでいる私に、パトリック殿下は「なんとか言ってよ、ジェシカ」とか言ってきた。

 この人、婚約当初はこんなことを言うような人ではなかったんですけど。

 もっと大人しくて自信がなさそうな感じだったんですよね。優秀な第一王子殿下や第二王子殿下と比べられて、縮こまっているような……。

 政略結婚でもせっかくできた縁なのだから、お互いに思い合える関係になればいいと思い、私から好意を伝えすぎたのがいけなかったのかしら?

 会うたびにパトリック殿下を褒めて、愛していますと伝えたのはやりすぎだったのかもしれない。

 好かれている相手には、何をしても許してもらえると愚かな勘違いをしてしまう人がいる。そう、今のパトリック殿下のように。

「では、殿下に私の気持ちをお伝えいたしますね」

 私は殿下の青い瞳をまっすぐ見つめた。

「……キモッ」

 低い声で思いっきり顔を歪めながら伝えると、輝くような笑みを浮かべていたパトリック殿下の笑顔が固まる。

「え? ジェシカ、なんて? 聞こえなかった」
「ですから、キモッと言いました。ちなみにキモッとは、気持ち悪いの意味で平民が使う言葉です」
「え? え? 気持ち悪い? ジェシカはお酒の飲みすぎで気分が悪くなったってこと?」

 私はお酒なんて一滴も飲んでいません。私が夜会でお酒を飲まないようにしていることすらパトリック殿下は知らないのね。私には少しも興味がないことがわかったわ。

 もうこれ以上話したくもないので私が黙っていると、護衛のアンディが怒りでぶるぶるとふるえていた。

「ジェシカ様、発言の許可を」

 地獄の底から這い出てきたような声でそんなことを言ってくる。

「私の許可があっても仕方ないでしょう。殿下、私の護衛の発言を認めてくださいますか?」
「え、あ、ああ、許可する」

 アンディは、鼻から息を吸い大きく吐きました。

「では発言させていただきます! ただ今のジェシカ様の『キモッ』発言は、パトリック殿下に向かって発せられたことであり、意味はパトリック殿下が気持ち悪すぎて今すぐ目の前から消えてほしいという意味です!」

 アンディの声は、夜会中に響き渡った。

「ジェシカ様はパトリック殿下との良好な婚約関係を築こうとされていましたが、パトリック殿下はジェシカ様のお心を踏みにじり、弄(もてあそ)ぶようなことばかりされてきました!」
「そ、そんなことは……」

 あせるパトリック殿下。アンディはさらに言葉を続けた。

「護衛の私がここにいるのがその証拠です! パトリック殿下は女性と遊ぶことに熱心でジェシカ様はいつも夜会でお一人でした! こんなにお美しいジェシカ様を一人にしたらどうなると思いますか? そりゃもう、危ないに決まっています!」

 周囲の貴族たちは、ザワザワとざわめいている。

「いや、だからそれは、恋の駆け引きで……。ね、ジェシカ? 僕のことを愛しているジェシカならわかってくれるよね?」

 パトリック殿下の勘違いに、私はあきれてため息をついた。

「殿下は勘違いなさっていますが、これは恋ではなく政治的意味合いを含んだ婚約です。求められるのは、誠実さと信頼関係です。恋を楽しみたいのであれば、どうぞ別の方と」
「ジェ、ジェシカ!」

 必死に呼び止められた私はゆっくりと振り返った。パトリック殿下が安堵する顔が見える。

「良かった。ジェシカ、君はやっぱり僕のこと……」
「いいえ、殿下への愛はミジンコほども残っておりません。あ、ミジンコとは最近発見された、目に見えないくらいのものすごく小さな生物のことです」

「あ、愛がない?」

 今さら衝撃を受けているパトリック殿下に、私はさらに言葉を続けた。

「殿下、先ほどの婚約破棄うけたまわりました。殿下の浮気による婚約破棄なので、のちほど慰謝料を請求いたします。あっそうそう」

 私はつい先ほどパトリック殿下に愛を囁かれていた女性に視線を向けた。

「あなたを含めたパトリック殿下の今までの浮気相手すべての方にも慰謝料を請求いたします」

 浮気相手の女性が「ど、どうして私が!?」と驚いている。

「どうしてって、パトリック殿下と私の婚約は、王家と公爵家を結ぶ重要なものです。それを破談にさせた責任は重いですよ」
「そんなっ!? わ、私はパトリック殿下に頼まれて浮気相手を演じていただけで……」
「本当に?」

 私は浮気相手の女性を見つめました。

「本当にそれだけで、私を……ターラント公爵家を敵にまわしたのですか? だとしたら、あなたはあまりにも浅はかです。でも、違いますよね? あわよくば、私の代わりにパトリック殿下の婚約者になれるかもしれない。そうなれば、ターラント公爵家さえも退けられる。そう考えたから、引き受けた。違いますか?」

 浮気相手の女性の顔は真っ青だ。

 私は改めてパトリック殿下に視線を戻した。

「殿下は恋の駆け引きを楽しんでいたかもしれませんが、あなたのその行動のせいで、多くの女性が惑わされました。私もとても不快な気分を味わいました」

 護衛騎士が私のとなりでウンウンとうなずいている。

「では、殿下。失礼いたします。もう二度と会うことがありませんように祈っておりますわ」

 私は優雅に淑女の礼(カーテシー)をしてからその場を立ち去った。

 私の背後で「きゃあ!? パトリック殿下が気を失って倒れてしまわれたわ!」と悲鳴が上がったけど、私は立ち止まらなかった。

 早々に馬車に乗り込み父と母が待つターラント公爵家に戻ると、疲れた私をメイド達が出迎えた。

 自室でメイクを落とし、ドレスからゆったりとしたワンピースに着替えている間に、護衛騎士アンディが公爵である父に夜会で起こったことを報告したらしい。

 私が父に会いに行ったときには、父は怒りで顔を赤黒く染めていた。その場にいた護衛騎士アンディも同じような顔をしている。

「話はアンディから聞いた。パトリック殿下との婚約は早急に破棄する」
「ありがとうございます。お父様、そうと決まれば、次の婚約者を探しましょう」

 淡々と私が伝えると、父は「お前は本当に私に似ているな」とため息をつく。

「ほめていただき光栄ですわ。貴族に生まれたからには、貴族の責務を果たします。ターラント家に利益をもたらす相手はいますか?」
「そうだなぁ……」

 父は腕を組んで考え込んだ。

「今は、レッグ伯爵家と繋がりがほしい。あそこの山を開拓して通れるようにすれば、隣国からの新しい輸入経路が確保できる」
「なるほど。では、レッグ伯爵家の方と私の婚約を――」

 私の言葉に父が首をふる。

「それだが、あそこの長男はすでに結婚していてな。次男がいるのだが、『俺は自由に生きる!』と叫んで家を出ていったまま、行方がわからないらしい」
「あらまぁ、そんな貴族の責務を放棄するような方との婚姻なんて嫌ですわ。でしたら婚約はあきらめ――」

 そのとたんに「ちょっと、待ったぁあああ!」というアンディの大声が響いた。

 何事かと驚いていると、アンディが「ジェシカ様、お、お待ちください!」と必死に言う。

「何を?」
「レッグ伯爵家の次男との婚約をあきらめないでください!」
「でも、行方がわからないのよ? しかも自分が自由になりたいというくだらない理由で行方をくらますような無責任な方よ? 私、そんな方、嫌だわ」

 アンディは、なぜか「うぐっ」と言いながら痛そうに自分の胸を押さえている。

「まったくもってジェシカ様のおっしゃる通りですが、その次男、今はきっと、心を入れ替えております!」
「そうなの?」
「はい、私はその者の行方も知っております!」
「でも……」

 困った私が父を振り返ると、父は悪そうな顔で笑っていた。こういう顔をしているときの父には、必ず何か企みがある。

 父が止めなかったので、私はアンディの言う通りレッグ伯爵家の次男と会うことになった。

 行方不明のはずなのに、なぜか話はトントン拍子に進み、今日、そのレッグ伯爵家の次男が我がターラント公爵家を訪れるそうだ。

 私は気が進まないまま身支度を整えた。整え終わったところで、メイドが来客を知らせる。

「レッグ伯爵家の次男が来たのね」

 私の言葉にメイドが困った顔をする。

「いいえ、そうではなく。第三王子殿下が来られました」
「パトリック殿下が?」

 今さらいったいなんの用があって来たのかしら? もしかして、レッグ伯爵家の次男がパトリック殿下だなんていわないわよね?

 私は混乱しながらパトリック殿下の待つ客室へと向かった。

 客室では、パトリック殿下がソファーに座ってうつむいていた。私が来たことに気がつき顔をあげたが、その顔は憔悴(しょうすい)している。

「ジェシカ……」

 そうつぶやいた声は今にも消え入りそうだ。

「僕は君がいないと生きていけない……。そ、それなのに、君が別の婚約者を探していると聞いて、いてもたってもいられなくて……」

 私は首をかしげた。

 パトリック殿下の話を聞く限り、レッグ伯爵家の次男がパトリック殿下だったということはなさそうだ。

 それはそうよねとため息をつく。少し混乱しすぎたわ。

 私はパトリック殿下の向かいのソファーに腰をおろした。

「殿下」
「ジェシカ……」

 縋(すが)るような瞳を向けられても何も感じない。

 まだ現実が見えていない殿下に、元婚約者として現実を見せてあげなくては。

「殿下はいつもご自身のことばかりですね」
「え?」

 驚く殿下に私は微笑みかけた。

「だって、殿下ったらこんな状況になっても、謝罪のひとつすらしないんですもの」
「……あっ」

 そう言われてから、パトリック殿下はようやくそのことに気がついたようだ。

「ジェシカ――」

 私はパトリック殿下の言葉をさえぎった。

「今さら謝罪はいりません。殿下、この世には、一度失うと二度と戻ってはこないものもあるのです。私からあなたへの信頼や愛情がそれです」

 大粒の涙を流しながらパトリック殿下は「すまなかった」とようやく謝った。

「君からの愛情が心地好くて……もっともっとほしくなってしまったんだ。こんなことをしても愛してもらえるんだと、優越感に浸っていた。君の苦しむ顔を見て……僕は愛されているからこそ、嫉妬してもらえていると喜んでいた」

 私は大きなため息をついた。

「殿下、私からの愛情がもっとほしければ、あなたも私と同じように私をほめて、愛しているといってくだされば良かったのです」
「そ、そんなことで……?」
「はい、そんなことで良かったのです。私は一方的に送る愛情には限度があると思います。でも、お互いに愛情を送り合うと、ずっと愛し合っていけるのでは、と思うのです」

 パトリック殿下は「そんな、そんな簡単なことで良かったのか」と後悔をにじませている。

「殿下、私の気持ちは壊れてしまい、二度とあなたには戻りません。しかし、この破局で学んだことは、きっと今後の私達に役立つと思うのです」
「今後……」

 パトリック殿下は、なぜか驚いている。

「そう、今後です。一度の失敗がなんですか。生きていたらいくらでも失敗します。きっと殿下は、次に出会った女性は傷つけることなく大切にしてあげられると思いますよ。私だって、次の婚約は成功して見せます」

 パトリック殿下は「複雑だ……」と言いながらも小さく笑った。

「殿下、私達の関係は、政治で結びついたものです。だからこそ、今回は慰謝料というお金で解決できました。まぁその額が大きかったので殿下には相当な罰になったと思いますが」

 その慰謝料で我が家は潤ったし、浮気相手になっていた女性達の家は、ターラント公爵家に頭があがらなくなった。その結果、父は政治がやりやすくなったと喜んでいる。

「破局した私達には悪いウワサが出回りますが、そんなことで潰されるほど、私達は無価値ではありません。だって、私はターラント公爵令嬢で、あなたはこの国の第三王子なのですから。利用価値ならいくらでもあるのです」

 パトリック殿下は、まるで眩しいものを見たように目を細めた。

「君の、そういうところに、ずっと憧れていた」

 婚約者のときにその言葉をくれたら、私達の今の関係は変わっていたかもしれない。でも、もうすべてが遅い。

「さようなら、第三王子殿下」

 私はあえて、パトリック殿下の名前を呼ばなかった。

 パトリック殿下が帰ったあと、いつまで待ってももう一人の来客が来ない。

 私は3杯目の紅茶を注ごうとしているメイドを止めた。そして、ソファーの向かい側に座っているアンディを睨みつけた。

「アンディ。レッグ伯爵家の次男は、いつになったら来られるの?」
「そ、その……」

 常に直球のアンディが口ごもるなんてめずらしい。何か事情がありそうね。私は黙ってアンディの言葉を待つことにした。

「レッグ伯爵家の次男は、かなりの愚か者で貴族がなぜ貴族であるのか、その責任の重要さについてまったく考えていなかったのです」
「まぁ自由に生きる、なんて言葉を残して出ていくような方だそうですから、そうでしょうね……」

 アンディが深くうなだれた。

「その愚かな次男は、多少、剣の腕に自信があったのでとある貴族の騎士団に入団しました」
「あら、そうなの?」

 少しも期待していなかったが、騎士団に入れるならまったくの無能ではなさそうだ。

「そこで、とある貴族のご令嬢にお会いして……その方は正反対の考え方を持っていました。貴族と生まれたからには、貴族の責任を果たすと日々努力されていました。そんな方を見て、レッグ伯爵家の次男として生まれたのに何の責任も果たさずに家を出た私は、自分がどれほど無責任なことをしていたのか思い知ったのです」

 アンディがレッグ伯爵家の次男。まぁその可能性もあるかもとは思っていたけど。

 アンディがゆっくりと顔をあげた。

「私はジェシカ様のことを、ずっと尊敬しておりました。でも、夜会に護衛としてついていくようになってからというもの、婚約者に蔑ろにされているジェシカ様を見るたびに腸(はらわた)が煮えくり返るような思いを……。私ならジェシカ様を悲しませないのに、とか、他の女性に目を向けずジェシカ様だけを大切するのになどという不相応なことを考えるようになってしまい……」

 予想以上に話が長かったので、私は「ようするに?」とつい口を挟んでしまった。

「ジェシカ様、愛しております! 私と結婚してください!」

 勢いよく立ち上がり、右手を差し出された。

 この手を取ると多分、婚約をすっ飛ばしてアンディと婚姻を結ぶことになりそうな気がする。

 今までの私なら慎重にことを進めるために『まずは婚約から』と言っていた。でも、パトリック殿下とはその婚約期間に破局してしまった。なので、私は覚悟を決めてその手をとった。

 女は度胸だ。

「お願いいたします」

 その後、パァと顔を輝かせたアンディに苦しいくらい抱きしめられたので、「婚姻前にふしだらなことをしないでください!」と怒ったら「では、ふしだらなことは婚姻後に!」と真面目な顔で返された。

 赤面してしまった私は悔しいけど、それ以上言い返せなかった。

 こうして、私はレッグ伯爵家の次男アンディと結婚することになった。

 父はアンディの素性を知っていたようだ。知っていてアンディがどういう行動を取るのか高みの見物をしていたらしい。

 さすが私のお父様、良い性格をしてらっしゃる。

 私達の結婚後、パトリック殿下も他国の方と婚約を結んだ。心を入れ替えた殿下は、その婚約者をとても大切にしているらしい。

 その話を聞いた私が「若いころのやらかしは、人生の勉強でもありますね」とつぶやくと、私の愛する夫アンディまでもダメージを受けてしまった。

 なので、もうこの話はしないことにする。




 おわり