私のなつ

隣の席から、すっと英語の教科書を差し出され、そちらに目を向けた。あの一件を終えてから、私たちは前と同じように仲良く話すようになった。

「ありがとうナツ」

こそっとお礼を言って、一冊の教科書を一緒に見る。時々肩が触れて、ツンとナツの匂いが鼻に通った。けれど、知っている昔のナツの匂いではなくて、甘いフローラル系の香りに、一瞬、どきっとしてしまう。

「なんかお前ら最近距離近くね?好きなの?」

 休み時間、二人で話していると、たまたま近くを通りかかった服部くんに話しかけられてしまって、慌ててごまかした。そんなわけはない。ナツはずっとただの友達だったのだから。

「い、いやほら席隣だし、それで前より仲良くなっだけだよ」

「ふーん」

 服部くんはあまり納得しない様子で、私たちの元を離れていった。それを見送って、ナツに向かって、ある提案をする。

 「なんか、急に仲良くすると怪しまれちゃうね。学校ではあんまり話さないようにして、休みの日とかに会って話した方がいいのかな?」

 「そんなん気にする必要あるか?俺は今まで通りでいいと思う」

 「だって変な噂流されたりしたら嫌じゃん」

 「俺は全然そんな噂流されたっていいけど。気にしない」

 本当にただ気にしていないだけなのか、私との噂だったら、平気、という意味なのか。

 余計なことを考えてしまって、思わず首を振る。そんな私に構わず、ナツは続ける。

 「んーでも確かに、どっか遊びに行くのはありだな。今日とか」

 「今日!?」

 相変わらずのフッ軽で、なんでもないように突然予定を入れ始める。まるで驚く私がおかしいかのような顔をして、こちらに言葉を向けた。

 「そうそう。今日優花の部活終わったあと」

 私はあの後から、水泳部に所属している。ナツも誘ったけれど、今はほかにやりたいことが見つかったからという理由で断られてしまった。

 「何するの?」

 「まあ、その場で決めればいいっしょ」

 あの時私を抱きしめてくれたナツはどこに行ったのか、たぶらかすように曖昧な返事をする。けれどそれがまたナツらしい気もして、彼の意見に納得した。

「お待たせ。二時間も何してたの?」

 最後の授業から、部活の終わりまで、校内で待っていてくれたナツの元にたどり着いた。

「これ、近くの」

「うわ、すごい」

 そう言って手渡されたのは、たくさんの種類の線香花火が入った、大きな平たい袋だった。

「昔一緒に線香花火やったことあっただろ?だからまたやりたいって思ってな。あそこの蛙川の河川敷で花火できるから」

 ナツの言う通りに、河川敷まで移動した。たどり着くと、辺りは真っ暗で、明かりが何もない。ナツがスマホで足元を照らし、ビニール袋から取り出したロウソクを地面に置いた。それから、チャッカマンでそれに火をかざす。

「よし!俺これにする」

 ナツが取ったのは、一際大きな手持ち花火だった。私も負けじとカラフルな花火を手に取る。ロウソクの火に先端をつけると、すごい勢いで、火花が散った。

 「なんか、変な感じだね。二人とも成長したはずなのに、時間だけ昔に戻ったみたい」

 こぼした私の言葉に、ナツが反応する。

「そうだな。でも、俺はやっぱなんも、変わんねえや。身体が大きくなっただけで。優花は結構変わったよな、大人びたっていうか」

「それナツが言う?こんだけ外見変えたくせに」

 ナツの私への評価に不思議に思って、冗談ぽく苦言を呈す。

「外見だけな。俺、中身ずっと成長してないんだ。あの時から、変わらず優花に憧れて、ここまで来て。でも、多分憧れだけじゃない。あの時はまだ自分でも気づいてなかったけど、最近喋ってて、わかった。俺、優花のこと、好きなんだって」

 さらっと告げられた言葉に、驚いて手元の花火から、顔を上げた。一瞬、私の中の時が、止まったみたいだった。けれど、ナツは続けて私に告白する。

 「今まで全く気にならなかった、ちょっとしたことにすごく敏感になって、その度に自分がおかしくなったみたいに、心が揺れ動く。優花が笑っただけで、髪を耳をかけただけで、喋っただけで、意味がわからないくらい、どきっとする」

 それを聞いて、私も、ずっと隠していた感情が暴れ始めた。

「私も、ずっと友達のナツにこんな感情を抱くのはおかしいって思ってた。でも、私も、ナツことが、好き。恋愛として、好き」

 時折風で揺れるろうそくの火が、まるで不安定な私の心を映し出してるようだった。驚いたように、ナツが目を見開く。

「これで、やっと恩返しができるな」

「恩返し?」

  突然発したナツの言葉の真意がわからず、聞き返す。

「うん。さっきも言ったじゃん、優花は俺にとってずっと憧れの存在だったんだって」

「うん、聞いたけど……」

「それで俺、ほんとに元気もらったからさ、今度は俺の番。悩んだ時は、いつでも俺を頼れよ。優花が困ってる時は、俺が寄り添うから」

「嬉しい。ありがとう。でも、私も、大会で結果が出なくて、落ち込んでた時にナツが優しくしてくれたこと、ずっと覚えてる。だから、ナツもたまには私を頼りにしてね」

 ふっと笑って、私の近くに寄ってきた。

「じゃあお互い様だな」

それに応えるようにして、頭をナツの肩にくっつける。

 手元でパチパチと爆ぜる線香花火は、いつまでも、途切れることなく続いてくれるような気がした。