「ねえゆうかー!!」

 登校してクラスに入った途端、友達の美来が騒がしい様子でこちらに駆けてきた。

「どうしたのそんなに慌てて」

 聞くと、美来は嬉しそうに笑んで、喋り始めた。

「来週の祝日ね中谷くんのグループ3人と遊びに行くことになって、こっちも何人か誘うって言ってあるから優花も行かない?」

「んー、他に誰か誘う?」

「今のとこ優花しか誘わないつもり。1人は流石に無理だけどライバルは増やしたくないし」

 美来は中谷くんに気があると言っていたから、そのことだと思う。けれどその言い方だと私がどん臭くて絶対ライバルにはならないって意味なのだろうか。もしそうなら行きたくないななんて思ったり、でも断ったら雰囲気悪くなるかななんて考えたりしていると、真正面から美来が早く早くと決断を迫ってきた。

「んーーー」

(やっぱり断れば良かったかも…)

 楽しそうに喋る美来と中谷くんを横目に見ながらそう思う。あの後、結局美来に押し切られて行くことにしてしまった。しかも他にいるのは中谷くんグループの伊波くんと服部くんだけだから喋る相手もいない。

 そうしてしばらくお祭り会場の浜辺を歩いていくと、屋台と人の量がだんだんと増えてきて、お祭りらしい雰囲気が漂ってきた。

 私はやけくそになって、近くにあったベビーカステラを買って口に放り込んでいた。

 すると突然、中谷くんが伊波くんと服部くんの方に近寄ってきて、何やら三人でコソコソと話している。

 話し終えるや否や、二人はガッツポーズで中谷くんを送り出す。中谷くんは酷く緊張していて、それを察したのか美来も何だか落ち着かない様子だった。離れていった二人を見届けると、今度は伊波くんが服部くんに向かってなにか喋っている。

 聞き耳を立てると服部くんが俺ぼっちじゃんとか何とかぼやいているのが聞こえてきた。 

 なんの話しをしているのだろうと考えていると伊波くんがちらりとこちらに目をやった。 

「中川!ついてきて」

 そういうと伊波くんはなんの躊躇いもなく私の手を取った。

「えっ!?」

 あまりに突然のことで、私は抵抗する暇もなく、伊波くんの手に引っ張られてしまう。

「ごめん服部!帰ってきたら奢ってやるからベビーカステラでも食べといてくれー!!」

 それだけを言い残して、私と伊波くんは夕日の落ちる方へと走っていく。

「何なの伊波くん」

 少し行ったところで私が聞くと、伊波くんはぴたりと止まって、何だか懐かしい笑顔でこちらを向いた。

「俺のこと誰かわかる?」

「いや、誰ってクラスメイトの伊波く…」

 そこで蘇った記憶に、思わず声を漏らす。

「え…ナツ…?」

 名前を呼んだ瞬間、まるで時が止まったように、辺り一帯が凪いだ。

「そうだよ。全然気づかねえの」

「え、え、うそ、」

 混乱する様子の私に構うことなくナツは喋り続ける。

「なんか急に水泳来なくなっちゃうし。高校入学したらなんか同じクラスにいるし。俺のこと覚えてなかったし」

「いや、だって、あの時私、ナツに呆れられたと思ってたから…あとナツ雰囲気変わりすぎだもん、髪の毛も体型も、メガネまで。それに、名前だってナツとしか呼んでなかったから…」

「呆れるなんてそんなわけねえじゃん。俺ずっと優花に憧れてきたんだぞ」

「そう、だったんだ…」

 言いたいことがありすぎて、次から次へと言葉が口からついてでる。けれど、今一番に言わなければいけないことがなにかくらいは私にもわかる。

 荒れる心を落ち着かせて、ゆっくりと海風を吸い込む。

「あの時はごめん。あと、ありがとう」

「俺も、あの後もっとちゃんと話せばよかった。ごめん」

 私の中では安堵が溢れかえって、それが目の中に水滴となって溜まっていってしまった。

 その私を見て、ナツが思いっきり私を抱きしめた。

 ぎゅうううって苦しいくらいの力で抱きしめた。

「俺、優花のことめっちゃすごくて強いやつだと思ってたけど、俺より全然弱いじゃねえか…」

 ナツの懐かしい温もりに、凍って動かなくなっていた私の心は溶かされて、いよいよ涙が止まらなくなってしまった。

 それからしばらくして、たまたま隣を通った大人に今の様子を見られてしまった私は、ナツを突き放して誤魔化すようにベビーカステラを全て口の中に放り込んだ。

 そして思いっきり飛び上がって。
 海に飛び込んだ。

「え、ちょ、ゆうか!」

 酷く慌てる様子のナツに向かって 

「ナツみたいに暑苦しいやつめー!」

 と大声で叫んでやった。