ここは、北陸地方のA県A市である。
 東京から転勤になった40代後半の食品メーカーの会社員のヒロアキは、2024年の初詣は、A市のA神社へ向かった。
 そして、A神社でおみくじを引いたら、「大吉」だった。
 巫女は、ヒロアキにこう言った。
「大吉です」
「ええ、そうですか?」
「そうですよ」
「幸先良いかも」
「ここの神社では滅多に出ないんですよ」
「え、そうですか?」
「何か願い事はありませんか?」
「彼女が、欲しいです」
 と言ったら、彼女は、クスッと笑った。
 と言った。
 A神社の巫女さんは、肌が真っ白で、女優で言えば、稲森いずみに似ていた。
 ヒロアキは、稲森いずみに似ている巫女を「良い」と少しだけ思った。
 彼女は、少しだけ微笑んだ。
 そして、ヒロアキは、北陸新幹線や北陸本線のターミナル駅の近所のA駅前に住んでいるが、と年初めに、お酒を飲もうとしていた。
 ああ、俺も、到頭、彼女がおらず、そして、もう、生涯独身なのか、と思っていた。もう、何年と彼女がいない。
 そして、このまま年を重ねるのかと思った。
 そんな時だった。
 夕方4時だった。
 ガラガラどんどん。
 凄い揺れが、来た。
 部屋の電灯も色んなものが、揺れているのが、分かった。そして、暫く、立っていることができなかった。
 そして、どうやら、テレビをつけると、アナウンサーが、テレビの映像で「津波です」「逃げてください」と言っている。
 そして、一目散になって、ヒロアキは、怖くなり、逃げた。
 スマホと、ジャケットとマフラーと手袋と、財布を持って逃げた。
 そして、ハイツから逃げたとたんに、みんなは、A駅前は、パニックになっていた。そして、ヒロアキは、逃げていたら、前を走っている年配の男性がいて、ビルの上から、看板が、風にあおられ、バンッと落ちてきた。
 ヒロアキの前を走っていた、その年配の男性に頭からあたった。
「大丈夫ですか?」
 とヒロアキは、声をかけたが
「早く逃げろ」
 と言った声が、聞こえて、ヒロアキは、逃げた。
 年配の男性は、道端に倒れていたが、どうにもできないヒロアキが、いた。
 あの歌手の寺尾聰に似た男性。
 目の前で倒れたが、怖かった。
 ところが、死んでいたらどうしようか、とも思った。
 避難所では、ヒロアキは、彼の寺尾聰に似た男性のことばかりを考えていた。あのビルの看板、「A市のおいしいお菓子」と書いている看板もトラウマになっていた。自分だって、食品メーカーの会社員で、お菓子を作っている会社の営業マンだが、何故だか、申し訳ないと思った。
 そして、北陸新幹線A駅では、東京へ帰ろうと思っても、帰れない。そんな声が、SNSでもあった。
 さらに、そのまま、数か月が経った。
 避難所も終わり、そして、A駅前も、何とか復興した。
 そうは言っても、被災をしていて、建物も、崩壊し、街中では、これから「がんばろうA駅」「負けるな地震、A駅前商店街」などとあった。 
 40代後半のヒロアキは、それでも、こんな時だった。
 こんな時、とは、2024年1月の北陸地方の地震の後だった。
 まさか、と思った。
 A駅前の居酒屋が出来た。
「居酒屋強運」だ。
 そして、強運へ入ったとたんに
「いらっしゃいませ」
 と掛け声があった。
 その時だった。
 ヒロアキは、一人の見覚えがある顔がいた。
 そして、彼女もそうだった。
「あの」
「はい」
「どこかで会っていませんか?」
「え」
「A神社で、巫女をしていたのですが」
「ああ」
「そして、<彼女が欲しい>と言った人で」
 と言った。
 そんな時、手を出すのが早いヒロアキは、LINE交換をした。
「名前って、レイカさんって、言うのですね」
「はい」
 と言って付き合いが始まった。
 ヒロアキは、ここで、何度かチューハイを頼んだ。焼き鳥もよく食べた。