正確な現状把握は戦いにおいて定石である。
 なのに、部族連合が賊の主犯の確認が取れても、一体、敵が何人なのか、どうやって攻めて来たのか、武器はなんなのか、そういった肝心な情報を誰一人把握していなかったのだ。

 “王国軍”とは体のいい呼び名ではあるが、実際は、毎回、毎回、僻地で何もない土地を守るだけで、することと言えば、毎回、毎回、侵入してくる部族連合との小競り合いを押さえる程度の仕事だ。
 またやってきたのか――うるさい蠅を見るかのような軽蔑した態度で、侵入者がやってきたら攻防して、追い返す。

 うるさい害虫ども――と、同じ繰り返し。

 これだけ長く、侵入、略奪などの問題を抱えているのだから、そろそろ解決策、またはなにかの突破口や解決方法などを探し出していてもおかしくはないのに、小競り合いや戦がマンネリしてきたこの土地では、国王軍と言っても、ただ、剣を持った兵士の集まりで、統率が取れているのでもない。
 しっかりとした戦の訓練が強制されているのでもない。

 国王軍を指揮するはずの大尉だって、名ばかりの地位だ。大して戦経験もない貴族上がりの兵士である。
 そんな浮ついた名ばかりのような軍隊の弱みに付け込まれたのが、今夜の戦いだった。

 すでに、何度も、何度も、侵入や略奪行為、侵略戦争へと持ち込んだりと、歴史的にいつもこの場所で戦ってきていた部族連合とて、アトレシア大王国のショボい軍隊など、数で押せば壊滅だって可能である可能性をすでに気付いていたのだ。

 機は熟した。

 毎回、部族連合からの侵入があっても、反撃もしてこない。部族連合に宣戦布告をして、部族連合の殲滅だってしてこない軟弱王国など、さっさと奪い取ってしまえばいい――今夜押しかけて来た部族連合の一致した考えだった。

 外では未だに兵士達の攻防戦が続いている。

 それで焦燥を露わに、大尉以下その場に集まった上級士官達も、どうしようものか……落ち着きがない。

 前線に出て兵士達の、部隊の指揮を取ればいいものを、そんな――力量がある指揮官などいるのだろうか?

 不安で落ち着きない夜が続き、夜が明けて――外での喧騒が止み始めた頃、アトレシア大王国の兵士達は駐屯地から警戒したまま自分達の砦を囲い、反対では部族連合の兵士達が陣から動きもせず、ただ、バカなアトレシア大王国の兵士達が反撃してくるのを待っているような状態に落ち着いていた。

 双方睨み合って、動く気配がない。

 ただお互いの陣地を守り(特にアトレシア大王国の兵士達の方が必死で)、敵が動き出したら反撃してやる――と緊張した状態だけがその場にあった。

 通常、ブレッカにはアトレシア大王国の王国軍の兵士を約2500程置いている。そのうち、1,000を南西寄りの南の国境側に、残りの1,500を東南側に置いていた。

 今回の予期せぬ夜襲により、東南側の兵士達は数百人以上にも及ぶ多大な損害を受け、その命を落としていた。

 今は、部族連合の兵士達を追い払う――どころではなく、ただ陣地を守るのに必死で、バリケード並の兵士達を並べ置いて、膠着状態。




 その頃、南方の国境では――――

 まだ夜明けが早い時間で叩き起こされた駐屯地を指揮する中尉は、(ものすごく)仕方なく王国軍の制服であるズボンだけは履き、上はシャツを頭から被っただけで、ズボンにお腹も入れず、苛立ちを隠さないで、駐屯地の自分の執務室にやってきていた。

「なんだっ、朝早くから」
「東南より、緊急非常事態の早馬がやってきました」
「緊急非常事態? なんだ?」

 大した興味なさそうに、頭を下げた兵士を中尉は見やる。

「なんだ、こんな朝早くからっ」
「申し訳ありません……。――ですが、東南の駐屯地が夜半遅く部族連合に襲撃され、多大な打撃を受けています。援軍が必要のこと、ただちに、南から援軍を送るよう、ネス大尉の命令をお持ちしました」

 面倒臭い――とあからさまに顔に出ている態度も隠さず、中尉はただポリポリと頭をかく。

「ああ、わかった、わかった。援軍を出してやる。すぐにな」
「お願いします。俺は――戻らなければなりませんので――」

「ああ、わかった。さっさと陣に戻れ。――部族連合など、さっさと片付けてしまえばよいものを、一体、何をやってるのか――」

 ふざけてるっ――などと勝手に憤慨して、本気で大尉からの指令を聞く気があるのか、あまりに疑わしい態度だ。

 そんな文句の一つも言い返してやりたい兵士だったが、ただの一兵士が指揮官に立てつくことなどできもしない。
 それで、苦々しく顔をしかめた兵士は、ただ無言で一礼を済ませ、部屋を出ていく。

「援軍の準備をさせますか?」

 今夜の警備当番だったのか、東南の兵士を連れて来たここの兵士が、ドアの前で起立したまま、中尉に尋ねてみる。

「まだ、いい。どうせ、いつもの部族連合との小競り合いだろう。さっさと片づけてしまえばよいものを。大袈裟に、緊急非常事態?」

 ふんっ、バカ臭い――と中尉は鼻で笑い飛ばしていた。

 そして――こっちの国境側でも、王国軍とは名ばかりの団体で、役立たずの上官も指揮官も揃っているだけだったのだ。
 状況確認もない。緊急で援軍要請が上がっているのに、本気にもせず、兵を送りもしない。その準備もさせない。

 そして、朝早く叩き起こされたことだけに文句を言い、中尉はさっさと自室に戻って行ってしまったのだ。

 ただ、その後ろ姿を見送りながら、兵士の顔にも苦い表情が浮かんでいたが、誰一人見咎めることもない――あまりに静かな風景だった。