奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

 少し開いた窓から見える外の景色は、青々とした緑が広がっていて、どこからか、(せみ)の鳴き声も届いてくる。

 もうそろそろ、夏の終わりが近づいているはずなのに、アトレシア大王国では、連日、まだ暑い日々が続いていた。

 今年は夏の間中、大地を暑い日差しが照らし、少々、土地が乾燥してしまったという報告も、ちらほら上がらないのではない。

 そんな報告を思い出しながら、土地が乾燥してしまったのなら――貯水工事が必要だろうに。
 そんなことを、ふと、思い出していた。

 セシルの領地では、乾季に備え、地下貯水地を建設したいと言っていた。

 さすがに、現状での技術、知識が足りないだけではなく、地下貯水地に必要となる物資も手に入らないので、今は完全に無理な政策の一つだ……と、セシルがとても残念がっていた。

 だから、今は溜め池を設置しているが、それでもその方法には、本人もあまり満足していない様子だった。

 合同訓練で、一ヵ月近くも一緒にいることができて、時間ができて、その後は、あまりにスッパリと、ギルバートの目の前からその姿が消えてしまって、それを考えると、ギルバートはやるせなさそうに溜息(ためいき)をこぼした。

 隣国で、簡単に会いに行ける、会える距離でもない。
 理由もなければ、会うこともできない。

 それを考えてしまって、また、知らず、ギルバートの口から溜息(ためいき)が漏れていた。

 重症……なのは自分でも自覚しているが、さすがに、会えない距離も、会えない時間も長くて、やるせなささが(つの)り、思いが(つの)り、会えない分だけ、哀愁(あいしゅう)が積もりに積もってしまう。

「さっきから、何度目の溜息(ためいき)ですか?」
「さあ……」

 今日この頃のギルバートの傾向は、目的があってセシルに会えることが決まると、その日を待ち遠しく待って、雑念が入らないから、仕事も順調である。

 だが、その行事が終わり、セシルがいなくなると、また次の理由を作り上げるのに、セシルに会えない日が続いて、それが2~3ヵ月ほどになると、重症の兆候が出始めてくる、という繰り返しだった。

 そろそろ、“セシル効果”が切れ始めて、仕事にも影響が出始めてくる頃ではないだろうか。

 もう、()()衝撃的な一瞬で、真っ逆さまに恋に落ちてしまった、普段は冷静沈着な王子サマの一生涯の恋だけに、会えなくて落ち込んでいるギルバートの気持ちは分からないでもないが、溜息(ためいき)ばかりをこぼす上司には、ほとほと困っているクリストフである。

「あなたの気つけ薬が届いていますよ」
「気つけ薬?」

 不思議そうなギルバートの机の上に、クリストフが、一通の手紙らしき封筒を置いた。

 その封筒を取り上げ、裏を見て、ギルバートの瞳が上がった。
 すぐに、ペーパーナイフで封筒を切り開け、中の手紙を取り出した。

「――これは……」
「朗報ですか?」

「ああ、そうだ」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ、そうだ」

 封筒の裏には、


“C.Helbert”


 と書かれていて、それで、ギルバートがすぐに封筒を開けていたのだ。

「この手紙をどうしたんだ?」

「今朝、私の名で呼び出しがありましてね。私個人の名指しなどどういうことなんだ、と思いましたが、確認の為、王宮正門に言ったら、ヘルバート伯爵領地から送られた遣いの者が、この手紙を届けにきたんです」

「その者は」
「すぐに領地に戻りました。ただ、手紙を届けるだけの遣いのようでしたから」

「そうか」
「それで、なにが“朗報”なんですか?」

「今年の豊穣祭に招待された」
「ほう……。それは、親切ですね。ですが、王家とも、王族とも、これ以上、近寄りたくなかったと思ったのですが?」

「近寄りたくないのは変わらないだろうが、前回の王国騎士団との合同訓練で世話になり、そのお礼として招待された。律儀な方だから、これ以上の関りや繋がりは持ちたくなくとも、礼儀として、一応、招待してくれたんだろう」

「律儀、もあるでしょうが、ただ単に、借りを作っておきたくない、もあるのでは?」
「それは、あるかもしれないな」

 せっかくの招待状でも、さすがにセシルの行動を理解し始めているだけに、二人とも大手を振って喜べるような素直な招待状ではないことを、ちゃーんと理解している。

 まあ、その事実で、ギルバートが落ち込むことはないが。
 事実は事実で、それでも、完全無視されていない状況の方が嬉しかったのだ。

「それで、行かれるのですか?」
「せっかく招待されたのに、行かないはずがないだろう?」

「無視するわけにはいかない、とおっしゃらない所が、ベタ惚れの証拠ですよねえ」
「そんな見栄を張って、一体、なにになる?」

「男の威厳、とか? プライド、とか?」
「威厳とプライドを保てば、あのお方が振り向いてくれるのか?」

「絶対に無理ですね」
「だったら、なぜ、いちいち、見栄を張る必要があるんだ?」
「確かに、正論ですね」

 それは時間の無駄で、労力の無駄なだけだ。

「そうと決まれば、休暇を申請してくる」
「今回は、お忍びだとしても、数人の護衛だけでは、済まされませんよ」

 今までは新国王陛下の即位で、今までの王子達の立ち位置が少々変わってしまった。

 第一王位継承者である国王陛下の第一子、オスミン王子は幼年の為、まだ、王太子殿下として任命されていない。

 第一王子殿下がもう少し大きくなるまでの間、第二王子であるレイフが、王太子殿下として即位した。

 だから、期限付きではあるが、ギルバートは第二位の王位継承権がある立場になっているのだ。

 正式な拝命を受けていないとはいえ、オスミンが王太子として即位するもう数年先まで、第一と第二の王位継承権を持つのは、新国王陛下の実の弟達となる。

 それで今回は、さすがに、以前のように、第三王子であっても、騎士団の副団長の立場を優先するのは、少々、難しくなってくるのだ。

「大仰に、大勢の護衛を引き連れていったら、あちらを困らせてしまうだろう?」
「それは、そうなんですがねえ……」

「まあ、まずは陛下の許可を取ってくるのが先決だろう。護衛の件にはついては、ヘインズ団長とも話し合ってみる」
「わかりました」