あまりに長過ぎて、暇すぎて、うんざり気味……の『セシル』 だ。

 コトレア領の邸は、ヘルバート伯爵領の領城とは違い、遥かに小さいものだ。それでも、廃れたような外観でもなく、内装だって、十分に貴族らしく飾られた邸だった。

 父が亡くなった母と結婚した時に、母の実家である子爵家から、コトレアの領地を譲与されたらしい。

 母親側の両親が年老いていて、跡取りもいなかった為、ヘルバート伯爵家に譲与され、それからはヘルバート伯爵領となったらしい。

 その時に、『セシル』 の祖父が、邸を増改築し、一応、今の貴族らしく見える邸には変えたそうな。

 ここだけの話だが、『セシル』 の父方の祖父母は、まだ健在だ。
 ヘルバート伯爵領内の違う屋敷で、老後を満喫しているらしい。とは言っても、祖母の方は、週に一回は必ず、かわいい孫達に会いにやって来るから、もう、見知らぬ関係の人達ではない。

 やーっと、退屈な長旅から解放され、『セシル』 達の荷は解かれ、夕食を終えたり、沐浴を終えたり、その一日が(やっと) 終わっていた。

 翌日。

 朝食を済ませた『セシル』 は、父親に連れられて、領内視察に出回ってみた。

「……………………」

 馬車から一歩降りて、外に出た『セシル』 は完全に無言である。

「民家は、あっちの方にもポツポツとあるんだよ。まあ、それほど大きな村でもないからね」

 村……。
 どころか、『セシル』 の視界には、全くなにもない。森林に囲まれて、野原が続き――ただ、それだけである!

 素朴で、都会暮らしから離れて、田舎でのんびりと――いやいや、そういう夢もあるだろう。

 別に、『セシル』 だって、大都会など期待はしていない。時代背景が、かなりさかのぼっている時代に放り込まれたようだから、『セシル』 だって、それほど文明開化を期待していたわけではないのだ。

 だが、『セシル』 の周囲には、なんにもない。

 のんびり……どころか、目を凝らさなければ民家一つ見えない。見えても、なんだか、小屋の一つにしか見えないのは、気のせいだろうか……。

 これって……、青空の下、野原が続いて、かーかーと、(からす)が泣いても不思議ではない光景なのだろうが、(からす)はいそうにない。(からす)どころか、スズメもいない。

 道だって、野原に適当にできているようなだけだ。“道”などとは呼べないはずだ。

 民家がポツポツと建っていて、貴族姿の『セシル』 達を見て、住民が大慌てで地面に這いつくばっていくかのように、そこにひれ伏していく。

「ああ、そんなに畏まらなくていい。今日は視察に来ただけだから」

 父のリチャードソンは威張り散らす様子がなく、村人達にもすぐに頭を上げさせていたが、そこでも、『セシル』 は無言。


(あれって……、最悪の場合、私がなっていた状況よね……)


 幸運なことに、『セシル』 の器に投げ込まれたような現代人の自分は、貴族の令嬢だった。高位貴族である伯爵家の令嬢だった。

 だから、平民に生まれ変わっていないから、今までの数か月、『セシル』 は、貴族の令嬢として大切に世話をされていた。

 多少、時代背景が(さかのぼ)って、中世なのか近世なのか、そんな世界に放り込まれてしまったが、生活には不自由はしていなかった。

 着るものも、食べるものふんだんに与えられ、必要とあるのなら、どんな勉強でもさせてもらった。

 だが、もし、『セシル』 として生まれ変わらずに、平民の子供として生まれていたのなら、異世界に放り込まれたショックだけではなく、すでに、サバイバルがそこから始まっていたことだろう。

 貴族の前では絶対服従を。頭を上げず、決して命令には背かず。
 生活が不自由していようと、超貧乏だろうと関係なく、きっと、無理矢理、頭を地面にこすりつけられて、お辞儀をさせられていたことだろう。

 領地内の視察を終えても、この地の生活水準があまりに低いことが明瞭だ。教育制度もなければ、教育する概念など、絶対に存在していないのも明確だ。

 日々の暮らしがやっとで、(たくわ)えもない。

 これなら、災害が起きてしまえば、一発で死んでしまうことだろう。

 酪農業だって、大した生産量を上げていないのなら、天候一つで餓死になる可能性がある。可能性()()()だ。

 これって……、死んだわよね……。

 いや、確か……異世界の話では、よく出て来る表現があったはず。


「詰んだわよね……」


 ああ、そうそう。その表現だ。

 (しょ)(ぱな)から、『セシル』の人生、詰んでしまっている。
 こんな()田舎で生き延びることなど、到底、不可能だ!

「無理でしょ……。絶対、無理……」

 無理、無理……。

 ここでもまた、ショック第三弾。いえ、第四弾……?

 すでに、言葉も出ないほどにショックを受けてしまった『セシル』には、支離滅裂だろうと、もう、そんなことを気にしている余裕さえもなかった。

 こんな(超)()田舎で、あまりに何も無さ過ぎる土地で生き延びて行く為には――?

「生きて行くのに、最低必要源のものを揃えるべきよね……」

 そうでなければ、ストレス過多どころか、ショック死も有り得そうだ……。

 最低必要源……。

 『セシル』 は眉間を指で強く摘まみながら、頭痛がしてきそうな頭をフル回転させる。

 まず、『セシル』 には、二つのゴールができた。

 ゴール#1は、婚約解消を成し遂げ、完膚なきまでにあのクソガキを叩き潰すこと。
 ゴール#2は、生き延びる為に、最低必要源の“生きる”環境作りを、今すぐ促進させること。

 まさか、昔取った杵柄(きねづか)で、問題解決のテクニックを、こんな場所でも使用する羽目になるとは、誰が想像できようか。

 だが、現代人の時から、問題解決は()得意なのだ。状況把握も、状況分析も、()得意である。