信じられなくても、今の所、『セシル』 の体で動いている事実は変わらない。
にぎにぎと、手を握ったり開いたりと、そんな意味のない動きをする癖ができてしまった。自分の脳の意思が、体に伝わっているのか、つい、確認してしまうのだ。
それで、やはり、『セシル』 の体は、現代人の自分自身が動かしているのだ、と再確認してしまうのだ。
何が引き金となって、突如、現代人の時の記憶を思い出したのだろうか?
その前日までの行動は?
思い出される限り思い出してみて、なにか重要な鍵や事件が――
「あっ……!?」
そこで、一気に思い出していた。
先週――と言っても、『セシル』 の体で前世の記憶を思い出す数日前。
この『セシル』は、婚約者を決められたのだ!
「思い出したわ……。あのクソガキ……」
ゲロぉっ……と、『セシル』 の顔が激しくしかめられていた。
ヘルバート伯爵家が治める領地では、近年、ワインの生産が上がってきている。王都にも出し入れして、ヘルバート伯爵領産のワインが売られるようになってきていた。
そこに目をつけたのか、侯爵家の一つ、なんて言う名前だったかしら?
うーん……、そうそう、確か、ホルメン侯爵家、だったはず。
その侯爵がやって来て、自分の息子との婚約を勝手に決めてしまったのだ。
『セシル』 はまだ幼く、婚約者を決める必要もなく、おまけに、本人にはその気が全くなかったはずだ。
それで、父であるリチャードソンだって、一人娘であるセシルをまだまだ嫁に出す気はなくて、
「ちゃんと断ってみるから」
と、セシルに約束してくれたほどだ。
なのに、侯爵家の方から勝手に屋敷に押しかけて来て、それで、偉そうに威張り散らして、侯爵家から直々の婚約話をもらえて感謝しろ、などとほざいていた。
リチャードソンだって、婚約の話など絶対に進める気はなかったのに、侯爵家に逆らうこともできず、あの場で、勝手に、婚約証明書を押し付けられて、サインをする羽目になったのだ。
理不尽もいいところだ!
その後、リチャードソンが、あまりに申し訳なさそうに、セシルに謝罪していた――記憶を、思い出した。
あの時に、息子も一緒にやって来ていて、
「こんな田舎までやって来てやったんだ。かんしゃしろ」
なんだかんだと吠えて、随分、口が減らない、生意気な、こましゃくれたクソガキだったのを、今、思い出した。
ジロジロと、『セシル』 のことを、頭の天辺からつま先まで嫌らしく値踏みして、おまけに、
「まあまあ、悪くないな」
などと、自分を棚に上げて、よくも、そんなことを言ってくれたものである。
(――――ああ……、すごく、イヤ……)
ものすごく、イヤだわ……。
イヤだ……『セシル』 が感じたであろうその感情も、嫌悪も、しっかりと体で覚えている。
記憶に鮮明に残るほどに、覚えている。
鳥肌まで立っていた感覚も、覚えている。
まさか――あの時の、あまりに激しい嫌悪に、イヤだという強い感情に引っ張られて、あんなロクデナシと婚約させられたことが余程の大ショックだったのだろう。
それが引き金となったかは知らないが、『セシル』は――そこで前世の記憶を、一気に思い出してしまっていたのだ。
余程、あの侯爵家の息子との婚約が、嫌だったのだろう。ショックだったのだろう。
まだ幼い『セシル』 の心情を思い、『セシル』 となってしまった前世の記憶所持者である自分は――自分自身の体であるのだが――この小さな『セシル』 に、甚く、同情していた。
(可哀想に……。こんな子供で、好きでもないクソガキと結婚させられるなんて……)
確かに――記憶で残っているあの侯爵家の嫡男は、大したガキでもなかった。
高慢ちきで、威張り散らして、『セシル』 のことだって、最初から最後まで、見下していた態度が、ありありとしていた。
大した器でもないくせに、親が侯爵家というだけの立場で、随分、横柄な態度をしている、所謂、クソガキだ。
あんなクソガキと、無理矢理、本意でもない結婚をさせられる羽目になるなんて、同情以外のなにものでもないだろう。
容姿だって普通だ。見るからに、カッコいい男でもない。
別に、ハンサムでイケメンがいい、だなんて、この『セシル』 も思っていなかっただろう。
ただ、セシルの身近にいる男性は、いつも優しくて頼りになる父と、まだ小さくて、天使のように可愛らしい弟のシリルだけだ。
父のリチャードソンは、その態度も仕草もジェントルマンで、『セシル』 の基準からしても、容姿が整った、ハンサムで魅力的な男性だ。
現代人である自分の基準からでも、『セシル』 の父親は、ハンサムで落ち着いた風格の優しい紳士だな、と思う。
そして、弟のシリルは、天使のように愛らしく、可愛い容姿がキラキラとしていて、抱きしめたくなるような弟である。
そんな二人に挟まれて、あの鼻先が上がっていて(尖っていて)、おでこが狭く、嫌らしい性格の悪さがそのまま出ているような、垂れ目の目つきをした侯爵家のあの息子だって、悪寒が走るようだ。
あの息子は、偉そうに、高位貴族であることを自慢していたが、マナーだって、下品だったではないか。
品格がなさそうな仕草も、雰囲気も、丸出しだ。
ああ……、あんなクソガキと結婚して(大人になろうとも)、あんな男に触られるかと思うだけで、悪寒が走る。
虫唾が走る。
うぅっ……!
ああ……、嫌だ。
絶対に、あんな男となど、結婚したくない。
元の『セシル』 の嫌悪感だけではなく、いきなり、異世界に飛ばされた自分の身としても、あんな男になど、絶対に、嫁ぎたくはない。
嫁ぐ気も、絶対に、ない。
死んでも、有り得ない!
にぎにぎと、手を握ったり開いたりと、そんな意味のない動きをする癖ができてしまった。自分の脳の意思が、体に伝わっているのか、つい、確認してしまうのだ。
それで、やはり、『セシル』 の体は、現代人の自分自身が動かしているのだ、と再確認してしまうのだ。
何が引き金となって、突如、現代人の時の記憶を思い出したのだろうか?
その前日までの行動は?
思い出される限り思い出してみて、なにか重要な鍵や事件が――
「あっ……!?」
そこで、一気に思い出していた。
先週――と言っても、『セシル』 の体で前世の記憶を思い出す数日前。
この『セシル』は、婚約者を決められたのだ!
「思い出したわ……。あのクソガキ……」
ゲロぉっ……と、『セシル』 の顔が激しくしかめられていた。
ヘルバート伯爵家が治める領地では、近年、ワインの生産が上がってきている。王都にも出し入れして、ヘルバート伯爵領産のワインが売られるようになってきていた。
そこに目をつけたのか、侯爵家の一つ、なんて言う名前だったかしら?
うーん……、そうそう、確か、ホルメン侯爵家、だったはず。
その侯爵がやって来て、自分の息子との婚約を勝手に決めてしまったのだ。
『セシル』 はまだ幼く、婚約者を決める必要もなく、おまけに、本人にはその気が全くなかったはずだ。
それで、父であるリチャードソンだって、一人娘であるセシルをまだまだ嫁に出す気はなくて、
「ちゃんと断ってみるから」
と、セシルに約束してくれたほどだ。
なのに、侯爵家の方から勝手に屋敷に押しかけて来て、それで、偉そうに威張り散らして、侯爵家から直々の婚約話をもらえて感謝しろ、などとほざいていた。
リチャードソンだって、婚約の話など絶対に進める気はなかったのに、侯爵家に逆らうこともできず、あの場で、勝手に、婚約証明書を押し付けられて、サインをする羽目になったのだ。
理不尽もいいところだ!
その後、リチャードソンが、あまりに申し訳なさそうに、セシルに謝罪していた――記憶を、思い出した。
あの時に、息子も一緒にやって来ていて、
「こんな田舎までやって来てやったんだ。かんしゃしろ」
なんだかんだと吠えて、随分、口が減らない、生意気な、こましゃくれたクソガキだったのを、今、思い出した。
ジロジロと、『セシル』 のことを、頭の天辺からつま先まで嫌らしく値踏みして、おまけに、
「まあまあ、悪くないな」
などと、自分を棚に上げて、よくも、そんなことを言ってくれたものである。
(――――ああ……、すごく、イヤ……)
ものすごく、イヤだわ……。
イヤだ……『セシル』 が感じたであろうその感情も、嫌悪も、しっかりと体で覚えている。
記憶に鮮明に残るほどに、覚えている。
鳥肌まで立っていた感覚も、覚えている。
まさか――あの時の、あまりに激しい嫌悪に、イヤだという強い感情に引っ張られて、あんなロクデナシと婚約させられたことが余程の大ショックだったのだろう。
それが引き金となったかは知らないが、『セシル』は――そこで前世の記憶を、一気に思い出してしまっていたのだ。
余程、あの侯爵家の息子との婚約が、嫌だったのだろう。ショックだったのだろう。
まだ幼い『セシル』 の心情を思い、『セシル』 となってしまった前世の記憶所持者である自分は――自分自身の体であるのだが――この小さな『セシル』 に、甚く、同情していた。
(可哀想に……。こんな子供で、好きでもないクソガキと結婚させられるなんて……)
確かに――記憶で残っているあの侯爵家の嫡男は、大したガキでもなかった。
高慢ちきで、威張り散らして、『セシル』 のことだって、最初から最後まで、見下していた態度が、ありありとしていた。
大した器でもないくせに、親が侯爵家というだけの立場で、随分、横柄な態度をしている、所謂、クソガキだ。
あんなクソガキと、無理矢理、本意でもない結婚をさせられる羽目になるなんて、同情以外のなにものでもないだろう。
容姿だって普通だ。見るからに、カッコいい男でもない。
別に、ハンサムでイケメンがいい、だなんて、この『セシル』 も思っていなかっただろう。
ただ、セシルの身近にいる男性は、いつも優しくて頼りになる父と、まだ小さくて、天使のように可愛らしい弟のシリルだけだ。
父のリチャードソンは、その態度も仕草もジェントルマンで、『セシル』 の基準からしても、容姿が整った、ハンサムで魅力的な男性だ。
現代人である自分の基準からでも、『セシル』 の父親は、ハンサムで落ち着いた風格の優しい紳士だな、と思う。
そして、弟のシリルは、天使のように愛らしく、可愛い容姿がキラキラとしていて、抱きしめたくなるような弟である。
そんな二人に挟まれて、あの鼻先が上がっていて(尖っていて)、おでこが狭く、嫌らしい性格の悪さがそのまま出ているような、垂れ目の目つきをした侯爵家のあの息子だって、悪寒が走るようだ。
あの息子は、偉そうに、高位貴族であることを自慢していたが、マナーだって、下品だったではないか。
品格がなさそうな仕草も、雰囲気も、丸出しだ。
ああ……、あんなクソガキと結婚して(大人になろうとも)、あんな男に触られるかと思うだけで、悪寒が走る。
虫唾が走る。
うぅっ……!
ああ……、嫌だ。
絶対に、あんな男となど、結婚したくない。
元の『セシル』 の嫌悪感だけではなく、いきなり、異世界に飛ばされた自分の身としても、あんな男になど、絶対に、嫁ぎたくはない。
嫁ぐ気も、絶対に、ない。
死んでも、有り得ない!

