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 国王陛下アルデーラの執務室で、先程の事件を報告し終えた第三騎士団の騎士団長ことヘインズは、困ったように顔をしかめている。

「なるほど」

 セシル達の付き添いとして護衛にあたっていた騎士から、先程の子爵令嬢の事件の報告を受けたヘインズは、ギルバートを通さず、仕方なく、国王陛下の元にやって来ていた。

 確かに、先程の事件は、立場も弁えず、他国から招待されたセシルに対する侮辱で、無礼な行為であるのは疑いようもない。

 誰もいない所を見計らって、丁度いい機会だ、とでも考えたのだろう。

 それで、王宮で噂になっている他国の令嬢であるセシルを見つけて、以前の夜会でギルバートになどエスコートされた生意気な他国の令嬢に、文句をつけてやろうとでも考えた浅慮さだ。

 だが、それと同時に、セシルが取った行動も――褒められたものとは、言えないかもしれない。

 あからさまに、王国内の貴族の令嬢を小馬鹿にし、王国貴族がなっていない、などと断言したようなものなのだから。

 他の人間がいなかったから、セシルの行動だって聞き咎められずに済んだが、誰か――それも貴族の誰かが聞いていたなら、「他国の令嬢が偉そうにっ!」 と、憤慨されてもおかしくはない状況ではあったのである。

 溜息をこぼしたくなるのは、ヘインズだけではないだろう。

「余程、王国に関わるのが嫌と見える。先程の行動も、我々を牽制しているのだろう」
「牽制ですか?」
「そうだな。まったく、困ったものだ――」

 アルデーラもそれをこぼし、はあ……と、長い息を吐き出していた。

 あの令嬢は――本当に手に負えない令嬢である。

 ここしばらく、アトレシア大王国の接触が多くなってきているだけに、これ以上、王国に、王宮に足を取られないように、自分から牽制をかけてきたのだ。

 きっと、ギルバートが常にセシルの傍にいる事実も踏まえ、そして、以前の夜会での、あまりに予想された大きな波紋を理解していて、それで、これ以上、セシルが王宮、または王族からの関りがでてこないよう、先手を打って、牽制してきたのだろう。

 だから、平気で、他国の貴族令嬢を侮辱し、自分の立場がどう思われようが、全く気にしていない素振りなのが、全てを物語っている。

 これで、王国内で敵を作ろうが、セシルは全く気にもしていない。普通なら、敵を作らずに、円満にやり過ごすことだってできたはずなのに。

 それほどまでに、王宮、王族に関わりたくないのか――と、アルデーラさえも、溜息がこぼれてしまう。

 ギルバートの将来は、前途多難なようである。

「全く、困った令嬢だ――」

 自分から進んで敵を作っていたら、もし――ギルバートが、セシルを手にすることができたのなら、いずれは王国に嫁いでくることになる。

 今日の行動が仇になって、その時に、痛い仕返しを見る羽目になるかもしれないのに。

 だが、セシルは、そんな将来など全く頭に入れていないのが、あまりに明確だ。

 今回は、一カ月も王国に滞在していながら、騎士団としてのギルバートと接触する以外は、王家の者とは、一切、接触する様子も気配もない。

 アデラからも、「ドレスがないなんて残念ですわ……」という報告は聞いている。
 わざわざ、ドレス無しで王国にやってきて、用意万端である。

 完全に、王家を避ける気、満々である。

 そこまでして、王家との接触を避けたい理由を知りたいものだが、知らなくても、簡単に、その理由など予想がつきそうなものだ。

 王国に関わる気なし!

 その答えに尽きる。

 自国で領地を治めている準伯爵であるから、王国で嫌われ者になろうが、あのセシルにとっては、痛くもかゆくもないのだろう。

 だが――そんなことでは、ギルバートの未来は、予想しなくても、難しいものになってくる。

 本当に、あの弟は、セシルを手に入れることができるのだろうか?

 まだ猶予期間が始まったばかりだから、しばらく様子見するとしても――手強い相手である。

「下手に騒ぎ立てる必要もない」
「はい」

 だが、この時点で、すでにセシルは――次の先手を打っていたなど、アルデーラ達は露にも思わないことだろう。

 ()()()()な“告げ口”などという行為で、今夜は、ダルトン子爵は、王国騎士団から注意を受け、娘の愚行で、恥さらし、となってしまうのである。

 敵を作らずに穏便に――もちろん、そんなことを全くする気はない、セシルの思惑を知らない二人だった。