「なんですってっ、偉そうに! 一体、何様、気取りなのっ! いい気になっていられるのも、今のうちよ。威張り散らしていられるなんて、思わない方がいいわね。こんな礼儀もなっていない女を、王宮に居座らせておくなんて、王国の恥だわっ」

 ふんっと、あからさまに鼻を鳴らし、いかにも、セシルの弱みを見つけて勝ち誇ったかのような令嬢に、セシルもあまりに呆れてものが言えない。

「何様気取り? それはあなたのことでしょう?」
「なんですってっ、偉そうにっ!」

「一々、感情的に叫ばなくても聞こえていますよ。ピーチク、パーチク、騒げばいいというものではないでしょう? うるさいですね」
「――っ!」

 あまりに淡々と、感情もなく、すっぱりと言い捨てられて、目の前の令嬢が息を呑んだ。

 だが、すぐに、その顔が怒りで紅潮し出す。

「なんですってっ――」
「お黙りなさい」

 静かで、それなのに、逆らえないような迫力と声音で言いつけられ、令嬢が、一瞬、ビクッと肩を揺らす。

 セシルは変わらず淡々としていて、冷めた眼差しを向けているが、その瞳に映る色は、軽蔑の色がありありと映し出されていた。

「お黙りなさい。うるさいですね。一つ忠告しておきますけれど、私達は王国騎士団から正式に招待され、騎士団の訓練に混ざっているのですよ。その意味を分かっていないのですか?」

 正式に招待されたゲストに向かって、王国の者が、他国のゲストを(けな)す、暴言を吐く、失礼な態度を取る。

「そのような行動が、許されるとでも思っているのですか? バカバカしい。そんな非礼を取るということは、その行動自体が王国騎士団の決断に反している、とも気づかないのですか?」

 それを指摘されて、ハッと、令嬢の顔色が変わる。

 だが、セシルは軽蔑も露わな眼差しを向けたまま、
「他国の正式なゲストに向かって、随分なことを言いましたよね。随分な口の聞き方でもありましたし。王国騎士団の決断に反し、一介の貴族令嬢が口を出して、そんな愚行が、一体、どのように王国のことを反映しているか、本当に気が付いていないのですか?」

 他国のゲストに非礼を働く王国の貴族令嬢。
 王国の名を汚し、王国の貴族は礼儀がなっていないなどと、今のこの令嬢がセシル達に見せつけていることも理解していないなんて。

「そ、そんな――そんなことはしていないわっ」

「しているでしょう? その愚行も、非礼も、失礼極まりない態度も、その全てが全て、他国の人間の前で出すなど、王国の貴族の評判と価値を下げているのに気がつかないなど、本当に愚行極まりないのですね」

「――っ!」

 ぐっと、言葉に詰まり、顔を紅潮させた令嬢が怒りのまま、口を開きかけた。

 だが、セシルは軽蔑した眼差しを向けたまま、あまりに淡々と、令嬢を見返しているだけだ。

 それで、ぐっと、更に言葉に詰まり、令嬢の肩は、わなわなと、怒りで震えたままだ。

「アトレシア大王国の貴族は、本当になっていないのですねえ」

 かっ――と、目が見開かれ、令嬢の怒りが頭を突き出ていた。

「なによっ……!」
「侮辱罪、不敬罪、このまま報告されたいのですか? くだらない」
「――っ!」

 うぐっと、それ以上、怒りの先をぶつけられなくて、それでも、令嬢の顔が怒りで満ちている。

「あなたの非礼は、私達だけではなく、そのまま、私達を招待した王国騎士団に向けられていることも気づかないほどの愚かさ。そのような愚行を抜かしても、あなたの顔は、しっかりと覚えましたよ。私は、私に危害を加えてくる者には、絶対に容赦しません。私を害したいのなら、本気でかかってくるのですね。私も、本気で相手になってあげましょう」

「な、なにを……!」
「あなた達、顔をしっかりと覚えましたね?」

「もちろんです」
「しっかり覚えました」
「絶対に忘れません」

 セシルのすぐ後ろにいる五人が全員、ギリっと、殺気も露わに、令嬢を睨みつけた。

 その迫力に怯え、ビクッと、令嬢が肩を揺らす。

「あんたの顔、絶対に忘れないからな」
「マスターを害するなら、手加減しないぜ」
「滅茶滅茶に叩き潰すけど」

「……ひっ……!? ――そ、そん、そんなこと……許されませんわっ……」

「知るかよ」
「そうそう」

 そして、五人のあまりに冷たい眼差しが本気で、縮み上がりそうなほどの殺気が飛ばされ、その瞳だって、はっきりとした、令嬢に対する攻撃的な憎悪が、浮かび上がっていた。

「……ひっ……」
「まあまあ、そんなに脅す必要はないでしょう? 愚行極まりない、礼儀のない令嬢がいるだけなのですから」

 そして、セシルの口調も態度も全く変わらず淡々としているが、その口は容赦が全くない。

「先程、何様気取りなんだ、と言いましたよね? あなたこそ、一体、何様気取りなの? 平民、平民、ってバカにしているようですけれど、その平民から搾取(さくしゅ)した税金の上にあぐらをかいて、威張り散らしているあなたに、一体、どれだけの価値があるというのです? たかが、一介の貴族令嬢というだけで」

「な、なんですって……?! わたくしは、ギルトン子爵令嬢なのですわ」
「それが?」

 あまりに淡々と、無情に切り返されて、令嬢が唖然とする。

 ふんと、セシルがわざと冷たく鼻を鳴らし、
「子爵はお父上の爵位でしょう? 立場でしょう? そこの娘だからと言って、あなたが偉いわけでもなんでもない」

 貴族だから偉そうにしているけれど、平民の稼いだ税金がなければ、生きてもいけない。

 そんな現実も理解せず、いっちょう前に、随分、大きなことを言ってくれたものだ。

「あなたが子爵令嬢だから、偉いんじゃない。あなた自身が、特別なわけじゃない。ただ、生まれた場所が、貴族の場所だったというだけです。ただ単に、運が良かっただけなのに、その事実も理解せずに、あたかも、自分が偉いなどと思い込んでいるなど、恥ずかしいと思わないのですか?」

「なっ、なんですってっ……っ!」
「そのきれいなドレスは、一体、誰のおかげで、手に入ったと思うのです? 平民が、身を肥やして働いた結果でしょう?」

 おいしいものを食べさせてもらい、きれいなドレスやアクセサリーで着飾って、何もしなくても贅沢が与えられる。

「そんな優遇を、なぜ許されていると思っているのです? それは、貴族であるから、貴族の義務を果たしている、という前提があるからなだけですよ。では、何もしないで愚行を重ねて、平民をバカにしているあなたに、一体、誰がついてくるというのです? 一体、誰が税金を払い続けると思うのです? 爵位も継いでいないのですから、自分の立場をわきまえなさい」