「確かに、今のままでは、ゲリラ戦を実際に経験はできても、どういった攻撃方法なのか、実践方法なのか、そういったことを直に学ぶのは難しいですわね」
「はい……」

 ふむと、考えるように、セシルの指が軽く顎に乗せられた。

「では、午後からは、私の騎士達を、別々に分けることにしましょう。そして、残りの人数を埋めるのに、王国騎士団を混ぜるということに。そして、時間制限は、一時間ずつ」

「1時間? 2時間ではなく? それは――少々、短すぎませんか?」
「今回は、私の騎士達にも、本気を出させます」
「――――えっ?!」

 ギルバートだけではなく、その場にいたクリストフとナンセンまでも、その瞳が飛び上がっていた。

「本気――って、今までは、本気ではなかったのですか?」
「違います。今までは、ただの訓練です」

 マジか……三人が絶句していた。

 今までの――あの動きが()()()()()程度で、本気を出していなかったなど、なんと末恐ろしい子供達なのか!

「動きを早くさせますので、王国騎士団の騎士達の今回の模擬戦の目的は、私の領地の騎士達の動きを観察することに、集中してもらいます。領地の騎士達にも、随時、説明を促し、自分達の動きを、行動を、その理由を説明させましょう」

「わかりました」

「午後からは二戦。その進展具合により、明日からも、しばらくその戦法を続けてみましょう。確かに、こちらの騎士の方のおっしゃる通りですね。こちらかは、ゲリラ戦を教えるという条件でしたのに、その戦法も教えていませんでしたから」

「いえ……」
「ゲリラ戦ではありませんが、領地で教育している戦術・戦法なども、教えるべきでしょうか?」

「問題でなければ、よろしくお願いしたいのですが」
「問題ではありませんわ。次の十年で、ノーウッド王国と、アトレシア大王国が、戦になるとは思えませんので」

「それはないでしょう」
「では、領地でもしている訓練方法を、何点かお教えしましょう。ゲリラ戦でなくても、うちの――訓練は、ただの訓練ではありませんので」
「そうですか。それは楽しみです」

 ギルバートの瞳が輝いて、本気で期待しているようだった。

「では、午後からは、ご令嬢の指示通りにお願いします。ご令嬢の騎士達を分ける場合――どのように分けられますか?」

「今日は、二つに分けましょう。最初は、ジャン、フィロ、トムソーヤ。対して、ケルトとハンス。第二戦では、ケルトとハンスは、フィロと一緒に。そして、ジャンとトムソーヤが対戦相手に」

「わかりました」

 子供達が返事をする。

「手を抜かないからね」

 不敵に笑うフィロに対し、ケルトとハンスだって、
「それは、こっちのセリフだ」

 両方、やる気満々である。

「では、あなた達は準備をしてきなさい。これからの二戦は、時間が限られているだけに、先制攻撃主体のゲリラ戦で行きます。最初から、叩き潰しなさい」
「はいっ」

 それで、子供達がすぐに動き、自分達の荷物を置いてある場所に向かって駆けだした。

 その子供達の背を見送って、セシルがギルバート達に向き直る。

「前回もお話しましたけれど、あの子達にゲリラ戦で匹敵するような相手は、早々、いるものではありません」

 なにも、変わった戦法、戦術を駆使しているから、という理由だけではないのだ。

「あの子達には、毎日、山々を、森を駆け回らせています。自分達の力不足を補う為に、ありとあらゆる戦法、戦術、戦い方を教え込んでいます。そして、それを今まで必死でやり遂げて来た五人だけに、そんじょそこらの大人だって、あの子達が組んでかかってきた場合、敵うことはないでしょう」

ですから、とセシルがそこではっきりと区切りをつける。

「午後からの参戦は、本気でやる気のある騎士を、同行させてくださいね。本気になったあの子達は――少々、危険ですから。やる気のない騎士なら、すぐに置いて行かれますよ」

 セシルの話は――あまりに壮絶なものだ。

 本気でやらせていなかった()()を見せると、子供だろうと匹敵する相手はいないと、セシル自身が断言するほどの――恐ろしい子供達だ。

「私も――参加させてもらっては、いけませんか?」
「構いませんわ。あの子達は本気ですからね。やる気がない騎士では、到底、追い付けませんわよ」

「そうですか……。ナンセン」
「はい」

「第一戦は、私とクリストフが、ジャンのチームに混ざる。ナンセンは、相手方のケルトとハンスがいるチームに。第二戦もやる気があるのなら、残っていい」
「はい、お願いいたします」

「ご令嬢、今回は5人ではなく、あと一人――いえ、二人ほど、増やしてもよろしいですか?」

「構いません。皆様は戦うことが前提ではありません。敵と遭遇して攻撃を防ぐことは構いませんが、自分達の紐を抜き取られても、深追いはしないでください。紐を取られた場合でも、あの子達の後を追うように、指示してくださいね。見失ったら、もう、見つけられませせんよ」

 淡々と説明して、気負っている様子もないセシルの言葉だからこそ――それを聞いているギルバート達は、信じられない気持ちで、余計に、気を引き締めなくてはならない。

「すごいですね……」

「ええ、そうですわね。これは自慢ではありませんの。あの子達は、今まで、自分達の生き(ざま)を懸けて、力をつけて来たのです。経験をつけて来たのです。なにもかも、不足分を補う為に、必死で。それだけの「覚悟」で挑まれたら、大人であろうと、簡単に立ち向かうことはできませんわ。ですから、皆様、本気で取り掛かってくださいね」

 きっと、勘のいいセシルのことだ。

 合同訓練をしていても、きっと、騎士達の中に――あまりこの訓練を良く思っていない騎士達がいることを、すぐに気づいているはずだ。

 セシルはそのことで文句を言ってはこなかったし、静観したまま、無視するつもりだったのだろう。

「皆様も、森の中を駆け回りますので、その装備では動きづらいのでは?」
「そうですね」

 こうなると、本気で、子供達の足に追いつかなければならないのなら、マントや剣をぶら下げて走っている状況ではないだろう。

 模擬戦では、木刀の剣だ。ギルバート達も、それを使用するしかない。




 それからすぐに、五人の準備ができていた。

 ギルバート達の方は、本気でやる気のある者だけ残るように、と指示を出していた。

 これでやる気がないと叱ることはないし、咎めることもない。サボったとも考慮しない。

 ただ、これからの訓練では、本気でやる気がないのであれば、滅多滅多に打ちのめされるだろう――などという、あまりに信じられない発言を聞いて、困惑していた騎士達だった。

 負けをさらしても、学ぶ気があるのなら、と。
 それで、王国騎士団の方では20人ほどが、一応、残っていた。