「それで――すぐに戦闘態勢に入れるのですから、本当に、すごいですね……」

 感心すべきなのか、呆れるべきなのか、定かではない……。

「狙われた時に、ある程度、動けるような小道具を持ち歩いているだけですわ」
「その――口調から察するに、ご令嬢自身も、なにか小道具を持ち歩いていらっしゃると?」

 ふふと、セシルは瞳を細めただけで、ギルバートの問いに答えたわけではない。

 そのセシルの態度を見て、がっくり……と、更に肩を落とすギルバートだ。

 “普通の貴族の令嬢”に全く当てはまらないセシルなのは理解した。だが、普段からも――自分の護衛用なのか、戦闘用なのか、そんな小道具を持ち歩く令嬢なんて、困った女性だ……。

「準備ができたようですので、待機している騎士達の前に並び、目的地まで案内してもらってください」

 領地の騎士見習の子供達。
 王国騎士団の騎士達20名が分かれて、5名一組チームで、全部で4チーム

 合計、5チーム。

 さて、今回は、どれだけのチームが生き残るのか。




 短時間とは言え、二時間、麓の集合場所で何もせずに待ちぼうけを食らっているセシル達は、前回と同じように、ピクニック用のラグの上に座り、次のゲリラ戦の訓練内容や、騎士団の訓練内容の確認を行っていた。

「副団長様」
「なんでしょう?」

「私にも剣技を教えていただけませんか?」
「――――えっ……?!」

 かなりの間が()いて、ギルバートがセシルを二度見した。

「ゲリラ戦の間は、このように待ち時間が長いですから、暇になってしまいますわよね」
「ええ、まあ、そうとも、言うかもしれませんね……」

「それで、せっかくですので、もしご迷惑でなければ、私にも剣技を教えていただけないかと思いまして」

 そして、セシルの期待を向けられた眼差しがキラキラと輝いて、ギルバートに向けられている。

 ひくり……と、顔を引きつらせたギルバートは、どうやって断ろうか、理由を考えてしまう。

「……危ない、ですし……」
「では、模擬刀(もぎとう)の木剣で訓練なら、危なくはないですよね」
「そう、かも、しれませんね……」

 断りたいのに、セシルの期待の眼差しから逃れることもできず、うーん……と、ギルバートは困り果てている。

 ここでは、クリストフは、一切、ギルバートに手助けを出してこないようだった。
 いざと言う時に、役に立たない男である。

 ちらり、とギルバートの視線がほんの少しだけ、セシルの腰に向けられていた。
 セシルは、訓練中は、いつも自分の剣を腰にぶら下げている。レイピアだ。

 身軽に動け、あまり重さもないから、セシルはレイピアを選んでいるようだったが、セシルが剣をぶら下げているのは、ここずっと、日常と化していた。

「あの……、実は、私は……その……」

 なんだか、ギルバートの顔に苦渋が浮かび、言い難くそうに困り顔だ。

「これは……差別ではないのですが……」
「はい、なんでしょう」

 セシルも背筋を正し、おっちゃんこしながら、ギルバートの話に耳を傾ける。

「私は……女性に剣を向けることは、非常に心苦しくありまして……」

 敵でも、刺客でもなんでもない女性に手を上げるなど、剣を向けるなど、“騎士道”、“紳士道”に反する行いだ。

 だから、心理的に、ギルバートなど――とてもではないが、セシルに剣を向けられないのだ。

 おまけに、ギルバートの大切な、大切な思い人のご令嬢で、そんな非礼な態度を取る事態、ものすごい精神的な圧迫がかかるのだ。

 ギルバートの葛藤している様子がありありとして、そこまでひどいことをお願いしてしまったのかしら……なんて、セシルも思い直してしまった。

「いえ……、無理でしたら、いいのです」
「申し訳、ございません……。私は、どうにも……」

 無理がありまして……、その出されぬ語尾を聞き取り、心底困り顔のギルバートを見て、セシルも感心半分、驚き半分だ。


(さすが、王国騎士団の騎士サマ、王子サマ。騎士道が徹底していますわぁ……)


 ここでもまた、ギルバートの“紳士道”を目の当たりにしたセシルだった。


* * *


 最初の二時間は、全く問題もなく筒がなく終わっていた。
 警笛の合図と共に、山の中に待機していた騎士達が集合場所に戻って来た。

 その結果は、領地の騎士見習いチームの全勝である。今回は、五人全員、腰紐が残っていて、誰一人、戦線離脱をしなかった。

 騎士団のチームでは、二組のチームだけが、最後の一人、生き残りがいて、これは、子供達に時間が足りなかったのか、騎士達がゲリラ戦でも対抗できたからなのか、あまり定かではない。

 水やスナックの休憩の後、第二戦が開始される。
 お昼時間を挟んでしまうので、昼食は第二戦を終えてから予定されていた。

「君達――」

 次の模擬戦の前に休憩時間で、五人が固まっている場に、一人の騎士がやってきた。

 それで、全員が、ただ、無表情にその騎士を見返す。

 五人にとっては、王国騎士団だろうと、他国の騎士サマだろうと、貴族サマだろうと、気に掛けるつもりはない。

 だが、今回は、正式なゲストとして王国に招待してもらっている立場なだけに、五人の態度が非礼で、粗相などを働いてしまったのなら、速攻で、その五人の保護者役のセシルに文句が言ってしまう。

 セシルの印象が、悪くなってしまう。

 だから、五人のことを子供のくせに――と思って相手にしていないであろう騎士団の騎士達の前でも、一応、礼儀は忘れないようにしている。

 五人が、ただ、ジーっと、騎士の方を見ているので、気まずそうに、ほんの微かにだけ眉間を寄せた騎士が、また口を開いた。

「君達は――いくつなんだい」
「15才前後です」

 あまりきちんとした返答ともとれないが、ジャンが、一応、返答していた。

「15才前後? ――そうか……」

 納得したのかしないのか良く分からない反応だったが、騎士の方が、ジッと、子供達の方を見下ろしている。

 自分達からは話かけることはない子供達の方も、じーっと、騎士を見返している。

「――私は、ナンセン・エドマンという。次の模擬戦では、チームの一つに参加する予定だ」
「はあ」

「君達は――アトレシア大王国にやって来たばかりだし、ここらの地形に詳しいわけでもない。なのに、ゲリラ戦では、なぜ、迷うことなく、ここらを動き回れるんだ?」

 これは――予想外に、至極まともな質問だった。

 なぜ子供の癖に騎士見習いなど――程度のくだらない質問をされるかと、予想していた五人の予想を、完全に外れていた。

 あまりに至極まともな質問をされてしまったので、失礼な態度のまま無視しているのも、セシルの印象が悪くなってしまう。