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 昼食は、護衛をしている王国騎士団の騎士達を気遣ってか、セシルは外で買える屋台からの食事で大満足しているようだった。

 「食事処に入りますか?」 と尋ねたギルバートの前でも、通りで買える食事やスナックでいいなどと、セシルは全く外で食べることを気にしていない。

 セシルの領地でも、かなりの数の屋台が並ぶようになってきていたから、外食(この場合、本当に外で食べること)でも、セシルはきっと全然気にならなかったのだろう。

「本当に、王都は大きくて、賑わっていますのねえ……」

 少し休憩がてら、広場に噴水がある場所に戻って来て、セシルは噴水の端に腰を下ろし、目の前に広がる光景を眺めている。

 噴水の端に座るに当たり、ギルバートからハンカチを出され、その上にセシルは腰を下ろしている。

 どんな時でも、さすがに“騎士道”が行き届いている騎士サマだ。

 ギルバートはセシルのすぐ前に真っすぐ起立したまま、セシルの話を聞いているのと、その視界の片隅では、周囲の気配を伺っているのと。

 隙を見せない――のは、このギルバートだって同じではないか。

 普段、セシルの前では、このギルバートは、いつも爽やかでにこやかな笑みを崩さず、どこまで礼儀正しい騎士サマだが、護衛をしている間は、必ず、その視線が、サッと、周囲に向けられ、周囲の気配を確認しているは、セシルも気が付いている。

 それなのに、ちゃんとセシルの話も聞いていて、目も耳も、二つも三つもついているのではないかと思わせるほどの器用さだ。

 そして、ギルバートの部下達である残りの護衛の騎士達は、ちらほらとその姿が視界の端をかする程度でも、ほとんど、姿を前に出さない。

 セシルが気を遣わないよう、リラックスできるよう、きっと、ギルバートから、姿を出さないようにと、しっかりと言いつけられているのかもしれなかった。

 またも、すごい、気の遣われようである。

「こう言った光景を見ていると、平和だな、と思いますね」
「思われませんの?」
「もちろん、思いますよ」

 それで、テンポも遅らせず、あっさりとした返答が返って来る。

 さすが、騎士サマ、王子サマ。
 自国の問題を口に出すことなど、絶対にありはしないだろう。

「そう、簡単に落ち着くものではありませんでしょう? 代替わりくらいでは」

 声色も変わらず、態度も変わらず、のんびりと街中の景色を眺めているようなセシルなのに、その出された言葉は、相変わらず――言葉も濁さずに、手厳しい。

 チロリ、とギルバートの視線が落とされ、そのセシルを見下ろす。

「そうですね」
「余計に口出しするな、と叱り飛ばしてくださってよろしいのに」
「そのようなことはしませんよ」

 その言葉を聞いて、セシルが少し顔を上げ、ギルバートを見上げた。

 ギルバートは、ただ、ふっと、瞳を細め、静かにセシルを見下ろしている。

「事実ですから」
「嫌な、話題を持ち出すつもりではなかったのです……。申し訳ありません」

「いえ、そのような謝罪も必要ございまさせんので、お気になさらずに」

 ギルバートの声音は静かで、低いその声が周囲の喧騒にかき消されるようなほどの、強弱のない小声だった。

 その声がセシルの耳に届いても、それがうるさ過ぎず、向こうで通り過ぎて行く通行人に届くほどの音でもない。

「ご令嬢もお気づきだと思われますが、まだ、王国には解決しなければならない問題がございます」
「それは、どの国にいても、きっと、当てはまることではないのでしょうかしら?」

「そうかもしれませんね。ただ、そのような問題は、一日二日で湧き出てくるようなものでもございません」

「そうでしょうね。それって、――長くに渡り根付いてきた膿だけに、排除するのも、並々ならぬ労力と努力が必要になりますわね。そういう場合って、王都を動かさない限り、難しいでしょうし、抵抗も摩擦も強いでしょうから」

「ええ、まあ」

 深刻な話でもあるし、ある意味、外部の人間には、秘匿情報扱いにもなる話題だったが、ギルバートは全く隠す風もなく話を続ける。

 セシルの観察眼、そしてその奥で光る鋭い洞察力。下手に隠し事をしても、セシルの瞳の前に、隠し事など到底できるものではない。

 そして、誰よりも、この若さで一国、領地を治める重責と、その苦労を知っている一人だけに、アトレシア大王国の政治問題をセシルに話すことに、なんの問題も感じられなかった。

「王都は栄えていますので、都市移籍は無理があるでしょう。国政と国庫が同時に動くと、混乱を呼んでしまうでしょうから」

「そうでしょうね。まずは、目先の障害物を乗り除くことが、最優先でしょうし。道に岩が転がっていると、馬車が通れないのと一緒でしょうから」

「ええ、そうですね」

 ちらりと、セシルの視線がギルバートに向けられる。

 その眼差しを感じて、ギルバートがセシルを見下ろす。

「なんでしょう?」
「国家の重要機密、ではないかしらぁ――なんて?」

「ああ、あなたですから、問題ありませんよ」
「――――随分、信用されているものですね」

「そうですね」

 その返答も、随分、あっさりしたものだ。

「あなたは、自国で、すでに「領主」という立場にいらっしゃいます。領地を護り、ひいては、領民達を護る。あなたはその立場の重責を、誰よりも理解なさっているお方です。そんなあなたが、他国の余計な政戦やら、統治問題などに首を突っ込んでも、何の利益にもならない。傍迷惑なだけで、それこそ、あなたの守っている領土も、領民をも、危険にさらしてしまう可能性だってあります」

「そうですわね。ですが、そうなると――それは脅しですか? ペラペラ喋るなら、命の保証はないぞ。裏道で刺し殺すからな、とか? お前の領民がどうなってもいいのか、など?」

 ぶっと、さすがに、今回は口に出て、ギルバートが吹き出していた。

「いいえ、全くそのような意図はございませんので、どうか、心配なさらないでください」
「そうですか。それは良かったです」

 本気で心配していたり、安堵しているようには全く見えないのに、よく言うものだ。

 くすくすと、ギルバートがおかしくて笑っている。

「ご令嬢は、本当に、どのような場でも、どのような状況でも、落ち着いていらっしゃるのですね」
「そんなことはありませんけれど」

「では、パニックを起こして、激しく混乱したり、意味不明な行動を取られたことがおありなのですか?」

 その質問を出して来たのは、ギルバートが初めてだった。

 それだけに、セシルも、そんな場面など遭ったかどうか、つい、真剣に考えてしまった。

「意味不明な、行動……」
「いや、ご令嬢がそのような行動する状況が、全く、想像できません」
「ええ、まあ……。私も、想像が、できませんわ」

 なにしろ、子供の頃からすでに大人で、大人の考えで、大人の行動で生きて来ただけに、咄嗟の状況判断が先にでてきてしまい、元々の冷静沈着な特徴も相まって、パニックしたことなどほとんどない。

「すごいですねえ……」

 そして、素直に感心してみせるギルバートに、セシルも微苦笑が上がってしまう。

「いえ、そこまででは……」

 その質問が出て来たので、セシルも同じ質問を口に出してみることにした。

「では、副団長様はどうですか? パニックして、意味不明な行動などなさったことはおありで?」
「いえ、ありません」

 今のは、即答だった。

 考えもせずに、即答だった。

「すごいですのねぇ……」
「いえ……、それほどでもありませんが……」

 そして、セシルに素直に褒められて、ほんの少々だけ照れてしまっているギルバートだった。

 ふふと、おかしくて、セシルもちょっと笑いをこぼしてしまう。

 そうやって、午後の一時も、のんびりほんわかと過ぎて行くのだった。