どうやら、腰の(とても)低い店員は、騎士団の騎士に粗相を働いてしまったと、恐々としてしまっているのか、ペコペコと、頭を下げてばかりで顔を上げない。
このままではどうにも埒が明かないと判断したギルバートは、セシルに向く。
「お怪我がないようで安心いたしました」
「私は全く問題ありません。護っていただきましたから。ありがとうございます」
「それは良かった。ここでの要件は、お済みになられましたか?」
「ええ」
「では、移動しましょうか」
「そうですね」
二人の意見が一致したので、二人とも、それ以上そこには残らず、さっさとその場を移動しだす。
「なんだか、「ははぁっ、大変失礼いたしました!」――の状況でしたわ」
くっと、ギルバートも軽く噴き出してしまった。
「いえ、あれは別に、私の立場や、私個人が問題だったというのではないでしょう。私が騎士だったので驚いていたのでしょうね。我々の着ている騎士団の制服は、王宮騎士団の制服とは違うのですがね」
それは以前にも説明されたし、セシルも気が付いていたことだ。
昔にあった王宮騎士団は、赤茶を基本とする制服だったらしい。
現国王が起ち上げたという王国騎士団の制服は、紫色がベースである。
「今では、王宮騎士団の騎士の姿が減ってきたというお話でしたが?」
王宮内でもほとんど見かけたことさえない。
セシルの客室を護衛していた騎士達だって、全員が紫色の制服を着ていた。
話によると、現国王陛下が即位する前までは、玉座の間など、王宮の中枢区画には、まだ王宮騎士団の出入りがあったらしい。
だが、セシルは、今まで一度として王宮騎士団の騎士に会ったことはない。
「そうですね。それでも、民にとっては、王族に仕える騎士、というイメージが高いので、その騎士に問題などふっかけてしまったら? ――という懸念だったと思います」
そんな込み入った事情まで話していいのか――と疑いたくもなる。
セシルには、アトレシア大王国の揉め事にも、問題にも、関わり合いにはなりたくないのだから。
「ご令嬢にお怪我がなくて、幸いでした」
「副団長様に助けていただきましたので。ありがとうございます」
「いえ、お礼など必要ございませんので」
そして、いつ見ても、いつ会っても、爽やかな笑顔が絶えない副団長サマは、セシルに対して、どこまでも礼儀正しい騎士サマのままである。
セシルだって、多少の問題が起きたとしても、アトレシア大王国がすべて悪いのだ、などとは考えないのだが、やはり、今までの(因縁めいた)歴史を気にしているのか、ギルバーは、いつでもどこでも、セシルに対してとても礼儀正しかった。
「先程は、荷物が積み上げられていて危ないなぁ、とは思ったのですが、それほど問題にすることもでもないのかしら、と放っておいたのが間違いでしたわね」
「そうですか? ご令嬢にお怪我がないのであれば、私としても幸いです。他の問題があれば、私が目を光らせておきますので、どうか、ご令嬢は休暇をのんびりと楽しんでください」
「ありがとうございます」
実の所、今日はギルバートが護衛に付き添ってきてくれているので、セシル付きの護衛二人を、オルガとアーシュリンの二人の護衛に変えたのだ。
アトレシア大王国では、色々と問題もあったが、今の所、ギルバートはかなり腕の立つ騎士だとセシルも認識している。
それに、ギルバートの人柄から言っても、真摯で、騎士の仕事や責任を疎かにするような人物ではないことは、セシルも分かっている。
騎士である以上、その部分は、信用に値する人物だとも、セシルは思っている。
「今日は、副団長様が護衛をしてくださるので、少々、気を抜いてしまっているのかもしれませんわ」
そんな、嬉しいことを聞かされたら、ギルバートなど、にやけてしまう顔が止められないではないか。
「では……、もっとのんびりなさってください」
「いえいえ。さすがに、そこまで気を抜き過ぎてしまっては、ご迷惑になってしまいますものね」
「そのようなことはございません」
そして、力説するかのように、ギルバートが勇みこんでくる。
「どうか、そのようなことはお気になさらないでください。王国内では……色々とございましたから、確かに、ご令嬢は気の休まる時もないかもしれませんが……。今回は、私の名に懸けて、必ず、ご令嬢をお護り致しますので」
そこまで……護衛の任務に命を懸けてもらおうなどとは、セシルだって露にも思っていないのだ。
さすがに、ギルバートがあまりに真面目に、真剣に、セシルの護衛の任務を重く見ているようなので、ちょっと困ってしまう。
「副団長様には、ご多忙な中、私の護衛をしていただいておりますので、心より感謝しております。それで……、ちょっと、副団長様のお言葉に、甘えさせてもらっていますしね……」
照れたように、困ったように、そんな微苦笑を見せるセシルに、ギルバートのにやけ顔が止まらない。
パっと、ギルバートが手で自分の口元を隠し、
「良かったです……。あの……今日は、心ゆくまで、のんびりと観光や買い物をなさってください」
「ありがとうございます」
「少しくらい、気を抜かれても、問題はありませんので」
「私は、こう見えても、普段はボーっとしていますのよ」
「あなたがボーっとしている場は、想像ができません」
「私がしていることには、ボーっとしていません。ですが、それ以外のことでは、大抵、ボーっとしていると、よく言われます」
「そうですか」
いいことを聞いた。
全く卒がなくて、付け入る隙も無くて、完全無敵――に見えるセシルは、自分が集中していること以外は、そこまで気を張っていないらしい。
それからも、セシルはお土産を買うのに、何件かのお店を回り、そこでの買い物も素早く、簡潔で、見事なものだった。
午前中だけでも――かなりの出費ではないのですか? というほどの勢いだったが、セシルは全く気にしている様子もないので、ギルバートもそこで、実は、セシルはショッピングになると、かなり豪快な人になるのではないだろうか、なんていう考えが、密かに頭に浮かんでいたことだった。
このままではどうにも埒が明かないと判断したギルバートは、セシルに向く。
「お怪我がないようで安心いたしました」
「私は全く問題ありません。護っていただきましたから。ありがとうございます」
「それは良かった。ここでの要件は、お済みになられましたか?」
「ええ」
「では、移動しましょうか」
「そうですね」
二人の意見が一致したので、二人とも、それ以上そこには残らず、さっさとその場を移動しだす。
「なんだか、「ははぁっ、大変失礼いたしました!」――の状況でしたわ」
くっと、ギルバートも軽く噴き出してしまった。
「いえ、あれは別に、私の立場や、私個人が問題だったというのではないでしょう。私が騎士だったので驚いていたのでしょうね。我々の着ている騎士団の制服は、王宮騎士団の制服とは違うのですがね」
それは以前にも説明されたし、セシルも気が付いていたことだ。
昔にあった王宮騎士団は、赤茶を基本とする制服だったらしい。
現国王が起ち上げたという王国騎士団の制服は、紫色がベースである。
「今では、王宮騎士団の騎士の姿が減ってきたというお話でしたが?」
王宮内でもほとんど見かけたことさえない。
セシルの客室を護衛していた騎士達だって、全員が紫色の制服を着ていた。
話によると、現国王陛下が即位する前までは、玉座の間など、王宮の中枢区画には、まだ王宮騎士団の出入りがあったらしい。
だが、セシルは、今まで一度として王宮騎士団の騎士に会ったことはない。
「そうですね。それでも、民にとっては、王族に仕える騎士、というイメージが高いので、その騎士に問題などふっかけてしまったら? ――という懸念だったと思います」
そんな込み入った事情まで話していいのか――と疑いたくもなる。
セシルには、アトレシア大王国の揉め事にも、問題にも、関わり合いにはなりたくないのだから。
「ご令嬢にお怪我がなくて、幸いでした」
「副団長様に助けていただきましたので。ありがとうございます」
「いえ、お礼など必要ございませんので」
そして、いつ見ても、いつ会っても、爽やかな笑顔が絶えない副団長サマは、セシルに対して、どこまでも礼儀正しい騎士サマのままである。
セシルだって、多少の問題が起きたとしても、アトレシア大王国がすべて悪いのだ、などとは考えないのだが、やはり、今までの(因縁めいた)歴史を気にしているのか、ギルバーは、いつでもどこでも、セシルに対してとても礼儀正しかった。
「先程は、荷物が積み上げられていて危ないなぁ、とは思ったのですが、それほど問題にすることもでもないのかしら、と放っておいたのが間違いでしたわね」
「そうですか? ご令嬢にお怪我がないのであれば、私としても幸いです。他の問題があれば、私が目を光らせておきますので、どうか、ご令嬢は休暇をのんびりと楽しんでください」
「ありがとうございます」
実の所、今日はギルバートが護衛に付き添ってきてくれているので、セシル付きの護衛二人を、オルガとアーシュリンの二人の護衛に変えたのだ。
アトレシア大王国では、色々と問題もあったが、今の所、ギルバートはかなり腕の立つ騎士だとセシルも認識している。
それに、ギルバートの人柄から言っても、真摯で、騎士の仕事や責任を疎かにするような人物ではないことは、セシルも分かっている。
騎士である以上、その部分は、信用に値する人物だとも、セシルは思っている。
「今日は、副団長様が護衛をしてくださるので、少々、気を抜いてしまっているのかもしれませんわ」
そんな、嬉しいことを聞かされたら、ギルバートなど、にやけてしまう顔が止められないではないか。
「では……、もっとのんびりなさってください」
「いえいえ。さすがに、そこまで気を抜き過ぎてしまっては、ご迷惑になってしまいますものね」
「そのようなことはございません」
そして、力説するかのように、ギルバートが勇みこんでくる。
「どうか、そのようなことはお気になさらないでください。王国内では……色々とございましたから、確かに、ご令嬢は気の休まる時もないかもしれませんが……。今回は、私の名に懸けて、必ず、ご令嬢をお護り致しますので」
そこまで……護衛の任務に命を懸けてもらおうなどとは、セシルだって露にも思っていないのだ。
さすがに、ギルバートがあまりに真面目に、真剣に、セシルの護衛の任務を重く見ているようなので、ちょっと困ってしまう。
「副団長様には、ご多忙な中、私の護衛をしていただいておりますので、心より感謝しております。それで……、ちょっと、副団長様のお言葉に、甘えさせてもらっていますしね……」
照れたように、困ったように、そんな微苦笑を見せるセシルに、ギルバートのにやけ顔が止まらない。
パっと、ギルバートが手で自分の口元を隠し、
「良かったです……。あの……今日は、心ゆくまで、のんびりと観光や買い物をなさってください」
「ありがとうございます」
「少しくらい、気を抜かれても、問題はありませんので」
「私は、こう見えても、普段はボーっとしていますのよ」
「あなたがボーっとしている場は、想像ができません」
「私がしていることには、ボーっとしていません。ですが、それ以外のことでは、大抵、ボーっとしていると、よく言われます」
「そうですか」
いいことを聞いた。
全く卒がなくて、付け入る隙も無くて、完全無敵――に見えるセシルは、自分が集中していること以外は、そこまで気を張っていないらしい。
それからも、セシルはお土産を買うのに、何件かのお店を回り、そこでの買い物も素早く、簡潔で、見事なものだった。
午前中だけでも――かなりの出費ではないのですか? というほどの勢いだったが、セシルは全く気にしている様子もないので、ギルバートもそこで、実は、セシルはショッピングになると、かなり豪快な人になるのではないだろうか、なんていう考えが、密かに頭に浮かんでいたことだった。

