布地のお店のオーナーとも顔見知りで、上客(貴族の中でも選別された貴族だけ)の御用達(ごようたし)であるお店だったのらしいが、セシルはそんなことを知らず。

 ただ、紹介してくれたので、紹介状を持って、入店したら、紹介状を見た主人が、セシルを快く迎えてくれたのだ。

 上客だから、見逃すべきじゃない――なんて、紹介状に書かれていたのかもしれないが、セシルには、買い物ができれば文句がない。

 アトレシア大王国で今流行っているリボンや、レースの飾りも見つけられて、そこでも、好きなだけ、セシルの趣味で買いまくっていたセシルだったのだ。

 そのお店で買った品物も、一番初めに行った布地のお店のオーナーが、一緒に王宮まで運んでくれる、というので、セシルはその好意に乗せてもらったのだ。

 セシルの買い物は、ここのお店の主人がしっかりと責任を持って、布地のお店に届けてくれるらしい。

「次はどちらへ?」

 そのお店での買い物も、ものすごい素早さだった。
 勢いだった。

 でも、待ちぼうけ、とは感じなかった。
 なにしろ、買い物をする速さが尋常ではなかったから。

 あれも、これも、それも、次もお願いしますね。

 ポンポン、ポンポンと、セシルの領地でしている報告会の並みの手際の良さで、効率良さで、ものすごい量の買い物も終わっていた次第である。

「そうですね……」

 うーんと、セシルが手に持っている地図を見やりながら、どんなお土産を買うべきか考えてしまう。

 ちらっと、セシルの手の中に地図に視線を落としたギルバートが、少々、微苦笑を浮かべた。

「本当に、優秀な部下ですね」
「ええ、そうなんです」

 前回、王都に来た時にトムソーヤが作成した地図は、漏らす所なく詳細で、ついでに言うと――トムソーヤ達が行ってみたい食事処(しょくじどころ)やお店にも印がついていて、便利なものなのである。

 今回はそれを書き写して、全員に持たせるように準備してきたので、王都の繁華街の移動は、とても楽になっていた。

 詳細で綿密な地図ではあるが、隠す必要もないので、セシルも、地図を大っぴらに広げている。

 周囲では行きかう民たちの喧騒やら、馬車の移動やら、ガヤガヤがと、活気がやまない。

 グイッ――と、突然、抱き寄せられたかと思う暇もなく、セシルは――ギルバートに抱きかかえられたまま、先程いた場所から、優に、数歩離れた場所に移動していた状態だったのだ。

 ガラガラッ!
 ドシャンっ――
 ドシンっ――――!!

 ギルバートの腕の中に抱えられているセシルの耳にもすぐに、重い振動や衝撃音が届いてきた。

 しっかり抱きかかえられているような状態でも、一応、首を動かしてみて、チラッと、ギルバートの後ろを確認してみる。

「大丈夫ですかっ」

 少し離れた場から護衛していたクリストフが、即座に駆け寄ってきた。

「問題ない」

 ギルバートは、腕の中で自分を見上げているセシルを見下ろす。

「大丈夫ですか?」
「ええ、全く問題ありませんでした。ありがとうございます」

「それは、良かった。許可なく、このように触れてしまい、申し訳ありません」
「いいえ。そのようなお気遣いは、どうか。助けていただきましたので」

 セシルが、一切、怪我していないことは百も承知なのに、ホッと、安堵してみせるギルバートを見上げながら、セシルも待ってみる。

 それから、ギルバートの腕が離れていって、改めて後ろの惨状が目に入ってきた。

 どうやら、積み上げてあった荷が崩れ落ちてしまったようである。

 木箱もあれば、麻布でまきつけたような大きな包みもあって、均等でないサイズの荷が、地面に散らばってしまっている。

 このお店の前を通る時、仕入れの荷物を整理していたのか、お店のすぐ前の外では、たくさんの荷箱が積み上げられていた。

 歩いている通行人の前に落ちてきたら危ないのにな、とはセシルも、ふと、思ったことである。

「なんだか危ないなぁ、とは思っていたのですけれど」
「そうですね――」

 外の喧騒を聞きつけてか、開けっ放しになっている大きな扉から誰かが外に飛び出してきた。

「一体、何事なんだっ!!」
「なんだ、この惨状は……!?」

 ものすごい勢いで外に飛び出してきたのは、中年の男性と、その人より少し年の若そうな男性だった。
 それで、荷箱や丸まった大きな荷物が崩れ落ち、その惨状を見て、あからさまに顔をしかめている。

「まったく、商品に傷がついたらどうしてくれるんだ……」
「すみません……。ちゃんと、並べておいたつもりだったんですが……」

「いや、並べ方が安定していず、危なかったが」

 突然、横からの声がかかり、その一言を聞いて、ピタリ、と二人の男性の動きも会話も止まっていた。

 二人の視線が一斉にギルバートに向けられて――その瞬間、二人の顔から血の気が一斉に引いてしまったかのように、一気に顔色が青ざめてしまったのだ。

「あっ……!?」

 それで、ガバッと、二人が地面に頭をこすりつけるかのように、土下座したのだ。

 その光景を見て、状況についていけないセシルは、ポカンと二人の頭の形を見下ろしている。

「申し訳ございませんでしたっ……」
「申し訳ございませんでした……」

「いや。大事に至らなかったから、問題ではない」
「申し訳ございませんでした……」

 ペコペコと、二人は地面に顔をこすりつける勢いで、頭を上げない。

 ギルバートの顔にも、一瞬だけ、困ったような、そんな表情が浮かんでいる。

 一体、この状況は何なのかよく理解できていないセシルは、地面に崩れ落ちた荷物を見下ろした。

「あの、荷物が崩れているようですので、拾うのをお手伝いしましょうか?」

 その一言で、ガバッと二人が顔を上げる。

 さっきから、ものすごい勢いで、ものすごい反応を見せる二人である。

「いえいえっ――! そんな、滅相もございませんっ……!」

 店員らしき男性が、真っ青になって首を振る。

「いえいえっ……! どうか、お構いなく……」
「そうですか?」

「人通りが多いから、こういった重い荷の積み上げは危ないだろう。場所を取っても、せめて、2~3箱の高さで留めておいた方がいい」

「は、はいっ……! もちろんです。本当に、申し訳ございませんでした……!」

 平に、平に、頭を低くして誤る店員らしき男性に、ギルバートは気にした風もなく、

「いや、怪我人がでなくて良かった」
「はいっ……。本当に、申し訳ございませんっ……!」