今の所、騎士団の宿舎の一画は、セシル達に譲っているのだ。

 そこの空いている部屋に、セシルの買い物の荷物を置こうが、ギルバート達にとっては、何の問題でもない。

 セシルの視線がオーナーに戻って来て、
「運んでいただけるのでしたら、すごく助かりますわ。それが無理なら、まあ、お金を払った後、数週間後、また、こちらに取りにくる形になると思いますけれど」

「もちろん、指定された場所にお運びいたしますわ。わたくしの方でも、全く、問題ございません」

 オーナーだって、()()のどこかに滞在しているような上客を、このまま、みすみす見逃すような愚鈍ではない。

「そうですか……。それなら、今日、まとめて買ってしまおうかしら?」

 そんなセシルの呟きにも、にこにこと、オーナーの笑みは変わらない。

「では、こちらなど?」
「ああ、これも、いい色に染まっていますわ。サングリアですか?」

「いいえ。光の加減では、少し濃い目に見えますけれど、プラム色でございますの。(おり)は、イティア地区で有名なクロス(おり)になっておりまして、このように伸びが出てきまして、ドレープには良い生地でございますのよ」
「では、それもお願いします」

 そして、考えもせず、セシルの決断は超速攻だ。

「ありがとうございます」

 それからも、セシルの買い物は素早くて、全く考え込んでいるような様子もなく、態度でもない。
 でも、衝動買いをしているようでもない。

 セシルは、布地の良し悪しの目利(めき)きが()いて、ただ、適当に布を選んでいる様子でもなかったのだ。

 それで、予想外に、オーナーとは、布地の織り方や、刺繍の飾り付け具合、布の染め方やら、外国の珍しい布地などの話で、随分、二人の会話は盛り上がっていたのだ。

「これ、シーズンものでないのなら、少しおまけしてくれません?」
「えっ?」

 貴族の令嬢なのに、ディスカウントを頼んできたのは初めてで、オーナーだって、今、聞き間違えたのかと、セシルを二度見する。

 セシルの態度は変わらず、そんな態度のオーナーを面白そうに眺め、ふふと、瞳を細めていく。

「倉庫で埃を被ってしまうよりは、誰かに買ってもらった方が、断然、布の為にもなりませんこと? これだけの上質な布地が見捨てられたままなんて、勿体ないですわ。もう、たくさんの使い道があるのに。そう、思いませんこと?」

「ええ、わたくしも、そう思います」

 それで? ――と、口に出されなくても、セシルの質問がオーナーに問いていた。

 一時間ほどもしないのに、目の前にいるセシルは、荷馬車に積み込めそうなほどの量の布地を買い込んでいる。

 こんなに――一気に、そして、大量に買い込みをする上客など、貴族の中にだって、滅多にいるものではない。

 それで、ディスカウントを頼んで来た貴族の令嬢も、滅多にいない。

 だが、セシルは自分の買い物の良し悪しもきちんと理解していて、そして、商売の“売り”の部分も理解しているようだった。

 こういった取り引きは、きっと、日頃から慣れているのだろう。
 今日は、素人のお客を相手にしているのではない。

「時期外れの布地は――そうでございますね、8割方と、なりますけれど?」
「そう。でも、次の三週間で、いい布地が入ったら、私も、また、立ち寄らせてもらうかもしれませんわ」

「次の三週間で、ございますか?」
「その後は、自国に帰るものでして」
「まあ、そうでしたか……」

 次の三週間で入って来る仕入れは、まだ、確認していなかったが、それでも、次の売り上げの可能性が潰れたわけではない。

「布に合った宝飾やリボンなども、少し、見たいですわね。それから、糸も。半分――とはいかなくても、それだけの価値はあるんじゃないかしら、なんて?」
「まあ……」

 うーんと、オーナーだって、口に出さずに、しっかり考えてしまう。

「では――6割方、ではいかがでございましょう?」
「ええ、それで構いませんわ」

 そして、二人の取り引きは、そこで終えていたのである。

 にこにこと、互いに(胡散臭い)笑顔を崩さず、上品に、そこできっちり値切って来るセシルの手腕も、さすがである。

 普段は、貴族の買い物はチェックなどの会計で済ませていたのだったが、セシルは王国にやって来ている客人ということで、今日は現金でもいいらしい。

 なにしろ、ものすごい量の買い物をしたセシルだけに、現金だって、かなりの高額の部類に入ってしまう。

 なのに、セシルといったら、その金額に困っている様子もなく、簡単に会計を終わらせてしまっているほどだ。

 そのセシルを前に、上品な態度は変わらず、それでも、胸を(おど)らせ、久しぶりに上客を掴んだ嬉しさに、舞い上がってしまいそうなオーナーだった。

 セシルは、買い物に迷いがなくて、素早くて、潔くて、なかなかに――豪快な買い物ぶりである。

 セシルの買った山ほどある布地を見ながら、ギルバートとクリストフも、はあぁ……と、感心してしまっている状態だ。

 貴族の令嬢の買い物など、付き合ったことがない二人だ。

 それでも、セシルの買い物の仕方が、なんだかものすごい勢いだったので、二人共、ただ、素直に圧倒されてしまっていたのだった。

「――これだけの布をお買いになって、使い道など、あるのですか……」
「ええ、もちろんです。使い道は、たくさんありますのよ」
「はあ……、そうですか」

 その使い道が分からなくても、今のギルバートには、たぶん、その理由を知らなくても、絶対に問題はないだろう。

 むしろ、気疲(きづか)れするので、その理由や方法は、聞きたくないかもしれない。

 セシルの買い物の送り先は、ギルバートがオーナーと話をつけてくれたので、セシルは心配する必要もない。

 あまりに気前の良いセシルに気を良くしたオーナーは、三週間以内で新しい仕入れが入った場合、すぐに、セシルにしらせますね~、との約束も取り付けていた。

 オーナーのお店では、ある程度、糸も取り扱っているが、それでも、専門の糸があるのではない。

 それで、親切に、糸や宝飾を専門とするお店を紹介してもらい、オーナーからの推薦状も出してくれて、次のお店でも、セシルは問題なく買い物ができるようだった。

 次のお店でも、目を回すほどの買い物がされて、お店の主人も、随時、にこにこと、口元を緩めたままだ。