シーンと、ハラルドからは無言の返答が返される。
毎日、多忙のハラルドを掴まえて、今日この頃の話題は――いつもこの話題で始まることが常だった。
「時間の無駄です。次の話を進めてください」
スッパリ、切り落とされたのに、レイフは全く気にしていなくて、それで、自分の紅茶をすすりながら、また文句を口にする。
「なぜだ? ギルバートばかり。夜会の時も一度きり。話があると言っているのに」
「あなたの話など、話にもなりませんでしょう」
「いや、重要な話だ」
「そんなはずがある訳もないでしょう」
子供の時から第二王子殿下のレイフを見知っているハラルドも、その口は容赦がない。
今のハラルドには、ギルバートと他国の伯爵令嬢と言う問題だけがあるのではない。
その問題の筆頭を行く問題児が、ハラルドの目の前にいる。
なぜかは知らないが、この――偏屈で知られている第二王子殿下のレイフまでも、ギルバートの我儘を、全く気にも留めていないのだ。
新国王陛下からは、
「ギルバートの我儘を許している」
状況の説明を要求したハラルドへの返答は、それだった。
困ったことに――王家の全員から、あの他国の伯爵令嬢は、認められている状態になってしまっているのである。
前代未聞だ。
このレイフなら、頭脳明晰、切れ者で隙がなく、王家に害する者、害を為すような者は、誰でも冷酷に切り捨てるような性格の持ち主だ。
それなのに、一切の文句も挙がらず(違った意味での文句は、ここ毎日だが……)、ギルバートの我儘に関して、全面的に賛成しているなど――このレイフを長年知っているハラルドにしてみたら、絶対に有り得ない状況である。
ハラルド自身でも、あの伯爵令嬢の調査は続けているが、(ギルバート経由で) レイフから話された内容も、津々浦々知れ渡っている。
信じられない話もあれば、興味深い話も――山盛りだ。
それでも、その話が尽きることなく、(ギルバート経由で) レイフの話は延々と続く。
その状況もあまりに信じられない状況で、ここ最近のハラルドの仕事は、一人でさっさと飛び出して、他国の領地に外遊でもしに行きそうなレイフを諫めることが、仕事と化している。
ハラルドには、超多忙を極める仕事があるのに。
「本気で、合同練習などと、そんな理由で呼び寄せるとは――」
「ゲリラ戦だ」
「ゲリラ戦?」
「そうだ。かの令嬢の精鋭部隊は、ゲリラ戦に長けているらしい。それで、王国騎士団にも、その戦法を教えるのが目的だ」
一応、ちゃんとした理由はあったようだ。
精鋭部隊――といっても、まだ子供。
それなのに、王国内ではすでに、精鋭部隊――とまで認識される末恐ろしい子供。
おまけに、全員、スラム街出身の孤児。
「ゲリラ戦とは?」
「ギルバートの話だと、臨機応変に対応し、行動し、状況次第で攻撃方法、戦闘方法、戦法を変えていく戦術を持ちいり、敵を揺さぶり下ろし、敵側の戦隊や戦列などをかき乱すのが目的の戦法だ。予想もしていない場所から、突如、現れ攻撃を仕掛ける、隙を狙った奇襲や夜襲など」
「奇襲――」
ふーむと、ハラルドも考えながら、そこで唸る。
「騎士団というのは、どこでも正攻法が多いものだ。敵を揺さぶり、奇襲など、滅多にないことだろう。だが、臨機応変に応じて戦えないのでは、本末転倒だ」
「まあ、確かにそうですね」
その点は、異論はないらしい。
「というのが、かの令嬢の見解だ」
「左様で」
全く――一体、どこの世界に、令嬢が、戦法やら戦術にまで口を出してくると言うのか。
あの令嬢の周囲では、信じられない話ばかりである。
ブレッカにまで顔を出していた事実だって、ハラルドは知っている。それは、アルデーラから説明されている。
「一体、何者なのですか?」
「だから、晩餐会をすべきだろう? その時は、ハラルド、お前を呼んでやってもいいぞ」
「左様で。ギルバート殿下が、お許しになったのですか?」
「許すもなにも、ドレスを持ってきていないと、(丁重に) 断られたのだ。ドレスなど、買ってやればいいものを」
「なるほど」
どうやら、ギルバートではなく――あの伯爵令嬢の方から、牽制してきたようである。
王宮にまで呼ばれていて、貴族の令嬢の癖にドレスの一つも持ち込んでいないなど、普通では、ただの“恥さらし”と思われてもおかしくはないのに。
恥さらし、と思われても、王宮には近づきたくないらしい。
これも、アルデーラとレイフの報告通りである。
最初は、そんなことを考える令嬢など、ハラルドだって、見かけ騙しで王族の気を引く気なのだろう、程度の関心しか払っていなかった。
どんな貴族の令嬢だろうと、王族に近づけるチャンスは滅多にない。
その機会が少しでもあるのなら、どんなことをしてでも、そのチャンスを手に入れようと躍起になる。
だが、(あまりに珍しく) アルデーラだけではなく、このレイフからまでも、かの令嬢に完全に避けられている、などと話されて、(多少) 驚いていたのはハラルドの方だ。
本気で――王家を、王族を避ける令嬢。
今まで、一度として、聞いたこともない。
だが、あの伯爵令嬢は、自国の領地で「準伯爵」。
それも――あまりに未知で、前衛的、画期的な改革を行使して、ド田舎の領地を発展させたほどの、手腕の持ち主らしい。
領主の仕事が多忙で、王族とは関わり合いにもなりたくないし、関わっている暇もない、というところだった。
やはり――一度は、ハラルド自身が、この目で確かめてみるべきだろうか。
だが、そんな裏があるハラルドの真意など、このレイフには、絶対に教えてやらない。
それでなくても、今すぐに仕事をサボって、飛び出していきそうなのに。
これ以上、仕事の邪魔をされては(大)迷惑なのだ。
毎日、多忙のハラルドを掴まえて、今日この頃の話題は――いつもこの話題で始まることが常だった。
「時間の無駄です。次の話を進めてください」
スッパリ、切り落とされたのに、レイフは全く気にしていなくて、それで、自分の紅茶をすすりながら、また文句を口にする。
「なぜだ? ギルバートばかり。夜会の時も一度きり。話があると言っているのに」
「あなたの話など、話にもなりませんでしょう」
「いや、重要な話だ」
「そんなはずがある訳もないでしょう」
子供の時から第二王子殿下のレイフを見知っているハラルドも、その口は容赦がない。
今のハラルドには、ギルバートと他国の伯爵令嬢と言う問題だけがあるのではない。
その問題の筆頭を行く問題児が、ハラルドの目の前にいる。
なぜかは知らないが、この――偏屈で知られている第二王子殿下のレイフまでも、ギルバートの我儘を、全く気にも留めていないのだ。
新国王陛下からは、
「ギルバートの我儘を許している」
状況の説明を要求したハラルドへの返答は、それだった。
困ったことに――王家の全員から、あの他国の伯爵令嬢は、認められている状態になってしまっているのである。
前代未聞だ。
このレイフなら、頭脳明晰、切れ者で隙がなく、王家に害する者、害を為すような者は、誰でも冷酷に切り捨てるような性格の持ち主だ。
それなのに、一切の文句も挙がらず(違った意味での文句は、ここ毎日だが……)、ギルバートの我儘に関して、全面的に賛成しているなど――このレイフを長年知っているハラルドにしてみたら、絶対に有り得ない状況である。
ハラルド自身でも、あの伯爵令嬢の調査は続けているが、(ギルバート経由で) レイフから話された内容も、津々浦々知れ渡っている。
信じられない話もあれば、興味深い話も――山盛りだ。
それでも、その話が尽きることなく、(ギルバート経由で) レイフの話は延々と続く。
その状況もあまりに信じられない状況で、ここ最近のハラルドの仕事は、一人でさっさと飛び出して、他国の領地に外遊でもしに行きそうなレイフを諫めることが、仕事と化している。
ハラルドには、超多忙を極める仕事があるのに。
「本気で、合同練習などと、そんな理由で呼び寄せるとは――」
「ゲリラ戦だ」
「ゲリラ戦?」
「そうだ。かの令嬢の精鋭部隊は、ゲリラ戦に長けているらしい。それで、王国騎士団にも、その戦法を教えるのが目的だ」
一応、ちゃんとした理由はあったようだ。
精鋭部隊――といっても、まだ子供。
それなのに、王国内ではすでに、精鋭部隊――とまで認識される末恐ろしい子供。
おまけに、全員、スラム街出身の孤児。
「ゲリラ戦とは?」
「ギルバートの話だと、臨機応変に対応し、行動し、状況次第で攻撃方法、戦闘方法、戦法を変えていく戦術を持ちいり、敵を揺さぶり下ろし、敵側の戦隊や戦列などをかき乱すのが目的の戦法だ。予想もしていない場所から、突如、現れ攻撃を仕掛ける、隙を狙った奇襲や夜襲など」
「奇襲――」
ふーむと、ハラルドも考えながら、そこで唸る。
「騎士団というのは、どこでも正攻法が多いものだ。敵を揺さぶり、奇襲など、滅多にないことだろう。だが、臨機応変に応じて戦えないのでは、本末転倒だ」
「まあ、確かにそうですね」
その点は、異論はないらしい。
「というのが、かの令嬢の見解だ」
「左様で」
全く――一体、どこの世界に、令嬢が、戦法やら戦術にまで口を出してくると言うのか。
あの令嬢の周囲では、信じられない話ばかりである。
ブレッカにまで顔を出していた事実だって、ハラルドは知っている。それは、アルデーラから説明されている。
「一体、何者なのですか?」
「だから、晩餐会をすべきだろう? その時は、ハラルド、お前を呼んでやってもいいぞ」
「左様で。ギルバート殿下が、お許しになったのですか?」
「許すもなにも、ドレスを持ってきていないと、(丁重に) 断られたのだ。ドレスなど、買ってやればいいものを」
「なるほど」
どうやら、ギルバートではなく――あの伯爵令嬢の方から、牽制してきたようである。
王宮にまで呼ばれていて、貴族の令嬢の癖にドレスの一つも持ち込んでいないなど、普通では、ただの“恥さらし”と思われてもおかしくはないのに。
恥さらし、と思われても、王宮には近づきたくないらしい。
これも、アルデーラとレイフの報告通りである。
最初は、そんなことを考える令嬢など、ハラルドだって、見かけ騙しで王族の気を引く気なのだろう、程度の関心しか払っていなかった。
どんな貴族の令嬢だろうと、王族に近づけるチャンスは滅多にない。
その機会が少しでもあるのなら、どんなことをしてでも、そのチャンスを手に入れようと躍起になる。
だが、(あまりに珍しく) アルデーラだけではなく、このレイフからまでも、かの令嬢に完全に避けられている、などと話されて、(多少) 驚いていたのはハラルドの方だ。
本気で――王家を、王族を避ける令嬢。
今まで、一度として、聞いたこともない。
だが、あの伯爵令嬢は、自国の領地で「準伯爵」。
それも――あまりに未知で、前衛的、画期的な改革を行使して、ド田舎の領地を発展させたほどの、手腕の持ち主らしい。
領主の仕事が多忙で、王族とは関わり合いにもなりたくないし、関わっている暇もない、というところだった。
やはり――一度は、ハラルド自身が、この目で確かめてみるべきだろうか。
だが、そんな裏があるハラルドの真意など、このレイフには、絶対に教えてやらない。
それでなくても、今すぐに仕事をサボって、飛び出していきそうなのに。
これ以上、仕事の邪魔をされては(大)迷惑なのだ。

