新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

見ると、高橋さんは一点の曇りもない澄んだ瞳をしていて、 とても全てにおいて入る隙などなかった。
「3月から、 打診はあったんだ。 色々あって、 返事を先送りにしていた」
一気に、 涙で高橋さんの顔が滲む。
色々あってというのは、 きっとミサさんとのことや私のことを指しているのかもしれない。
「でも、 誰かが行かなければならないから……な」
「何故ですか? 何で……どうして、 高橋さんなんですか?」
もう、 何が何だかよくわからない。 こんな……こんな事って。 ハワイでの幸せな時間が、 遠い昔のように感じられた。
「まだ、 はっきりした事は俺にもわからない。 ボストンになるのか、 ニューヨークになるのか……さえな」
えっ?
「それじゃ、 まだ決まった訳じゃないんですね?」
「いや。 俺の気持ちは、 もう決まってる」
「そんな……」
高橋さん……私は……どうすればいいの? 
「私……絶対、 嫌です。 嫌です……から」
理不尽な事も、 無理難題な事を言っているのもわかっていたが、 つい口に出して言ってしまっていた。
高橋さんが不意に私を起こし、 両肩を持って自分の方へと私を向けた。
「俺の話を、 聞いてくれるか?」
その声は、 静かで穏やかな声でありながらも、 意志の強さを醸し出していた。
きっと、 私は説き伏せられてしまうんだ。 それがわかっているからこそ、 素直に聞くことが出来ずに首を横に振り続け、 視線を高橋さんから外すように目を閉じた。
「逃げても、 どうしたって避けては通れない。 ちゃんと、 俺を見ろ!」
私の両肩を少しだけ揺すりながら、 放った高橋さんの言葉に思わず目を開けた。
エッ……。