新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

しかも、 感情の起伏がまるでわからない。 抑揚のない漆黒の瞳が私を捉えている。
怖くなってまた首を動かそうとしたが、 それを察してか、 高橋さんの左手が私の顎を掴んだので、 動かせなくなってしまった。
「じゃあ、 何で耳を塞いでた?」
エッ……。
見られていたんだ。
あの時、 智子さんの話しを聞きたくなくて、 耳を塞いでいたのを高橋さんに見られていたんだ。
「どうなんだ?」
「そ、 それは……」
でも、 やっぱり智子さんに言われた事は言えない。 たとえ、 高橋さんの過去の事だとしても、 やっぱりミサさんの影が見え隠れしていそうな時の事を、 私の口からは、 やっぱり言えないし……言いたくない。
高橋さんが、 私の両肩の脇に両手を突いていたのをやめて急に起き上がると、 ソファーに座り直した。 それから、 短パンの左ポケットを上から押して、 今度は右ポケットを上から押して、 そして大きな溜息をついた。
あっ……。
もしかして、 煙草を探していたの?
きっと、 吸いたくなったのかもしれない。 でも、 もう捨ててしまってないから……だから溜息をついたんだ。
「高橋さん……。 お願いがあります」
寝ていたソファーから起き上がって、 座り直した。
「何だ?」
高橋さんは、 膝の上に手を組んで前を向いたままだった。
仁さんは、 あんな風に言ってくれたけど、 やっぱり私には気が重い。 今みたいな高橋さんの仕草を見ちゃうと、 心が痛い。
「煙草……止めないでください」
その言葉に、 高橋さんがゆっくりと私の方へと向き直った。
「何でだ?」
高橋さんの視線は、 何となく鋭かった。
「そ、 その……もしも、 私のために煙草を止めるんだとしたら……それだったら、 無理に止めないで欲しいんです。 今も、 きっと煙草を吸いたかったんですよね? 我慢してまで、 止めないで欲しいんです。 私なんかのために……。 それから……」
そう言い掛けて、 大きく深呼吸をした。
「明良さん達が行く、 明日からのマウイのダイビング。 高橋さんも、 一緒に行ってきて下さい」
「はっ?」