新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

「それで、 私達……そのままホテルに直行したわ」
もう、聞きたくない。
智子さんは、 そんな過去の事を私に話して何になるっていうのだろう。
「アッハッハ……。 そんな顔で、 私を見ないでよ」
エッ……何で……笑っているの?
どうして、 笑えるんだろう?
「安心して。 私的には残念だったけど、 何もなかったのよ。 私達……っていうか、 本音を言えば、 何かあって欲しかったんだけどね」
「えっ?」
そう言って、 智子さんは思いっきり舌を出した。
訳がわからない。 何なの? 何かあって欲しかったって……。
「せっかくホテルに行ったのに……貴博ったら、 何もしないで寝ちゃったのよ。 私から誘ってみたんだけど、 疲れてるからいいやって……ね」
智子さんの一言、 一言の表情や仕草の些細な事にも、 ビクビクしてしまう。
「それでね。 あまりしつこく迫っていたら、 貴博に思いっきり言われちゃった」
恐る、 恐る、 智子さんの顔を見た。
「彼氏がいるのに、 お前は何をやってんだよってね。 もっと、 相手の気持ち考えてからこういう事は言えって。 もう、 完敗だったわ。 結構、 モテる自信はあったんだけどね。 貴博だけは、 どんな事をしても靡かなかった」
高橋さん……。
「そのお陰で……というかさ。 その時の彼氏が、 今の旦那。 それで、 結婚してこっちに住んでいるのよ」
そうだったんだ。
智子さんは、 結婚していたんだ。
「貴女さぁ……」
うわっ。
いきなり右手首を掴まれてしまい、 驚いて間近に迫った智子さんの顔を見た。