新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

高橋さんが、 左手で私の右頬に掛かった髪を掻き分けながら、 私を見た。
とても優しい温もり。 
この感触を肌に刻み込んでおこうと、 そんな思いから目を閉じた。
「悪かった」
エッ……何のこと?
何のことなのか分からず、 目を開けて高橋さんを見た。
「昨日は、 優しく出来なかった。 体、 大丈夫か?」
高橋さん……。
黙って頷くと、 高橋さんは何とも言えない表情をしながら、フワッと微笑んだ。
そして、 私のおでこにそっとキスをした。
高橋さんの少し濡れた髪からしずくが落ちて、 私の頬を濡らす。
このまま……このまま時が止まればいいのに。
凡庸な思いが、 脳裏を掠める。
でも、 いつまでも逃げてばかりいてもいられないんだ。 この日、 この時……今を大切に。
残された高橋さんとの時間を有意義に過ごす為に、 出来るだけ笑っていられるようにしよう。 それが私に出来る、 精一杯の高橋さんへの贈り物。
「メシにしよう! シャワー浴びておいで」
「はい」
シャワーを浴びて朝食の支度をしながら、 ふとベランダの方へと目をやった。 空梅雨の抜けるような青空が、 広がっている。
そうだ!
「高橋さん」
「ん~ん?」
「今日はお天気が良いから、 ベランダで食べましょうよ。 ね! ほら、 凄く綺麗な青空ですよ。 ハワイみたいです」
思わず指を差しながら、 高橋さんを振り返った。
コーヒーをカップに注ぎながら、 高橋さんも私が指差した方へと目を向けた。
「そうだな。 そうしよう」
いそいそと、 ベランダのテーブルに朝食を運んで青空の下、 高橋さんと2人で朝食を食べ始めた。
「外で食べると、 何だか美味しいですね」
「ああ。 もう、 夏だなぁ……」
こんなゆったりとした至福の時を、 高橋さんと共に週末は過ごしたいと心から思った。
高橋さん。
私……ちゃんと、 笑っているでしょう?
こうやって、 いつも貴方といる時は、 笑っている私を覚えていて下さいね。