新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

高橋さんが急に私を引き寄せ、 歩道の真ん中でキスをした。
唇が離れると、 必ず決まっていつも少しだけ甘い余韻を残す、 高橋さんのキス。
歩道の真ん中で……。
思わず、 恥ずかしくなって俯くと、 そんな私を高橋さんがもう一度抱きしめ、 私の耳元に頬を寄せた。
「アメリカに、 行く事になった」
無言で何度も頷きながら、 深呼吸をした。
「いってらっしゃい」
精一杯、 明るく言ったつもりだった。 でも、 そんな私を先ほどよりも強く高橋さんが、 抱きしめた。
上手く、 伝えられなかったのかな?
高橋さんがアメリカに行ってしまう事が、 ついに現実になってしまった。
そんな、 月曜日の夜だった。

高橋さんが、 ニューヨークに出向するということは、 たちまち社内に広まってしまった。 お局様達も一斉に駆けつけてきて、 高橋さんは、 午前中は仕事にならなそうだった。
「相変わらず、 お局様達のパワーは凄いなぁ……」
中原さんも、 感心しながら仕事に打ち込んでいる。 
高橋さんの居る事務所の雰囲気を目に焼き付けようと、 そんなお局様達の訪問もこれから暫く見られないと思うと、 何となく一抹の寂しさを覚えた。
病院の日だった、 土曜日。
1人で行かれると断ったのに、 心配だからと高橋さんは付いて来てくれた。
レントゲンの結果だけでは確かな事は言えないが、 見た限りでは潰瘍ではなく胃炎のようだという医師の見解で、 その日も尿検査と採血をして、 取り敢えずは来週のバリュウムの結果を見てからという事になり、 落ち着いているので薬も処方されず、 そのまま帰宅した。
そして、 緊張しなら検査結果を聞きに行った、 翌週の土曜日。
特に問題はないが、 潰瘍の痕はあるので胃炎からまた潰瘍にならないよう注意するよう言われた。 また、 血尿は先週の検査では出ていなかったので、 恐らく疲れから来ている一時的なものだと思うとの事。 あまり疲れやストレスを溜めないようにとの事だった。 内心、 胃潰瘍とかでなくてホッとした。
病院の帰り道、 信号待ちで高橋さんがこちらを見た。