新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

「そんな事、 言ってる場合ですか? だいたい、 何でそんな分かり切っている事を」
「分かり切っている事?」
高橋さんが、 問い返した。
「俺だって、 たかが少しだけ離れただけで、 駄目になってしまったんですよ?」
中原さんが、 身を乗り出した。
「分かっていて、 わざわざ遠距離にする必要がどこにあるんですか?」
中原さんは、 さほど酔ってもいなかったが、 何故だかとても怒っているように見えた。
「そんな事をして、 何になるんですか? お互いに、 辛くて苦しいだけなんじゃないですか? 高橋さんだったら、 じゅうぶん矢島さんを養えますよね? 何故、 日本に置いて行くんですか! 俺には、 理解できません」
「中原さん。 もうやめて……」
私が、 惨めになるだけだから。
「ちょっと、 矢島さんは黙ってて。 高橋さん。 矢島さんが、 今まで何度病んだと思ってるんですか? 何が原因で……それを高橋さんが知らないとは、 言わせないですよ? もし、 また今回の事でこの先矢島さんが病んだら、 どうするんですか? 誰が、 矢島さんを救ってやれるんですか? 高橋さんは、 そこまで考えていない人ではないですよね?」
「イケメン中原……青いなぁ」
山本さんが、 呟くように言った。
「高橋さん! 絶対、 間違ってます。 俺だったら、 一緒に連れて行きますよ」
中原さんは、 だんだん口調が荒くなってきていた。
「イケメン中原! 海外出向者の奥さんは、 本当に大変なのよ。 レセプションだ、 何だかんだと嫁同伴が結構あって、 向こうでのお付き合いもあるし。 日本人社会は狭いから、 ホームパーティとか毎週末のようにやったりね。 好きな人なら良いけれど、 恐怖の週末! なんて思っている家庭もあるみたいよ」 
「それでも、 一緒に居られるんだったら、 その方が良いじゃないんですか」
「中原。 今までお前は、 誰の為に生きてきた?」
「えっ? 誰の……為……ですか?」
高橋さんが、 穏やかな口調で中原さんに尋ねた。