新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

思わず、 隣りに座っている高橋さんの顔を見た。 しかし、 高橋さんは表情ひとつ変えずに、 生ビールを飲んでいる。
「本人に確かめたんですけど、 人違いだって言われて」
「また、 随分したたかな女ね」
「かおり」
山本さんのひと言に、 高橋さんがたしなめるように名前を呼んだ。
「それから、 あまり会う機会もだんだん減っていって、 それで金曜日に……」
金曜日? 中原さん。 どうしたの?
「山本さんと一緒にいる時、 彼女が別の男と一緒に歩いてきたところに遭遇しちゃったんです」
そ、 それって、 修羅場?
「それで、 やっぱりそういう事だったんだって俺が言ったら、 彼女も山本さんが女性だと思っていて……。 でも、 ちゃんと山本さんはカミングアウトしてくれたんですけど……」
そこまで言って中原さんが言葉に詰まっていると、 山本さんが代わりに話し出した。
「そうしたらさ! 中原は、 本当はそっち系だったのね! とか女が言い出したのよ。 それで、 それは違うって言ったんだけど、 信じなくてあの女! 別れ際に、 いきなり思いっきり中原の顔を殴ったのよ。 今、 思い出しても腹立つわぁ」
そんな……。
「ずっと中途半端に付き合っているよりは、 別れて正解だったのかもしれません。 俺
としては、 もうスッキリしましたから」
「そうか……」
高橋さんは、 そう言っただけで中原さんにそれ以上の事は言わなかった。 でも、 山本さんの腹の虫が治まらなかったみたいで、 それから暫くブツブツ中原さんに言い続けていたが、 何かを思い出したように高橋さんに向き直った。
「そう言えば、 貴博。 昼間の話、 2人にはもうしたの?」
「昼間の話って、 何ですか?」
中原さんが不思議そうな顔をして、 高橋さんを見た。
「あら? まだ話してなかったの?」
「……」
「何なんですか? 高橋さん」