新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

「決まってからって。　それじゃ、　もう……」
「ああ。　月曜日には、　内示がある。　その時、　行き先もわかるだろう」
身体中が脈打っている感じがして、　胃がキリキリと痛んで胃液が逆流しそうな苦しさから、　思わず胸をおさえた。
「大丈夫か？」
黙って首を横に振りながら、　この2か月間、　こんなに近くにいたのに……いったい私は、　高橋さんの何を見てきたんだろう。　何も気付けずに過ごして来てしまった事に、　後悔の念と改めて自分の未熟さを思い知った。
「会社が必要としてくれている以上、　俺はそれに応える義務がある。　それが、　自分の責務を全うする事だと信じているから。　だから、　俺は今回の駐在を引き受けた」
高橋さん……。
私に何の相談もなく、　決めてしまったの？
それは、　私には関係のない事だから？　仕事だから？
だとしたら……私は……。
「お前は、　きっと勝手に決めてと言うかもしれない。　だが、　俺にはやっぱり仕事と私生活は別物で、　一緒には考えられないんだ。　俺は……この仕事、　会社が好きだから」
もう、　限界だった。
唇で微笑む高橋さんを見て、　心が軋んで音を立てるように悲鳴をあげ出した。
止めどなく、　あふれる涙。
スッと、　その溢れ落ちる涙を高橋さんの指が、　絶妙のタイミングで拭ってくれる。
そう……この指先が、　教えてくれた。