点滴装置の機械の音だけが、 微かに響いている。
上半身部分のベッドのリクライニングを、 先ほど看護師さんが少しアップくれていたお陰で、 寝ている私の位置からも高橋さんとミサさんの表情が窺い知ることができる。 お互い黙って視線を合わせたままだったが、 その静寂を高橋さんが破った。
「俺達は、 10年前のあの時にもう終わったんだ」
「……」
高橋さんの言葉に、 ミサさんは黙ったままゆっくりと視線を私に向けたので、 ミサさんと目が合ってしまった。
「彼女は、 関係ない。 ミサ……いい加減、 目を覚ませ」
高橋さんは、 静かにそう言いながら私を一瞬見ると、 また直ぐミサさんに視線を戻した。
「よく考えれば、 わかる事だろう。 子供の健康を願わない親はいない。 だからといって、 それがすべてを覆せるとは思えない」
高橋さんは、 ミサさんの顔をジッと見たまま話を続けた。
「もしかしたらとか、 安心料の為に子供を作る。 作っておく。 それで、 何が残るんだ?」
「じゃあ、 貴博は私に自分の子供を見捨てろっていうの?」
ミサさんの言葉には、 悲壮感が漂っている。
「そうは、 言っていない。 極論付けているわけでもない。 その子の為に、 すべてを犠牲にしてまでもやるべき事なのかどうか。 それが、 本当に正しいのかどうか。 俺には、 判断出来ない。 ただ、 ひとりの人間として生まれてきた時、 自分は何の為にこの世に生を受けたのか。 それを本人が知った時、 どう説明するんだ? まして、 今の状態だと拒絶反応が出ない確率の方が高いと、 初めからわかっていたとしたなら……その生まれてきた子は、 どう思う? 自分の存在意義をその子が顧みる事があったとしたら、 親として何と説明するんだ?」
高橋さんは、 言葉を選んで話している。 眼光鋭く、 ミサさんから視線を逸らすこともない。
「貴方には、 わからないのよ。 私が………私がどれだけ貴博が大事なのか。 あの子が死んでしまったら、 私はもう……」
ミサさんは涙を溜めながら、 私を見た。 その瞳は、 哀愁というよりも憎悪に満ちているものに見える。
「君は、 もう昔のミサではなくなってしまったんだな」
高橋さん?