「え?映画の衣装担当、ですか?」

2週間後。
陽子と明日香はオフィスで話があると紗季に呼び出されていた。

「そう、正式に事務所を通じて依頼があったの。二人とも、もう瞬の映画については話を聞いているのよね?」
「はい。紗季さんのご主人を問い詰めたので」
 
陽子がさらりと言うと、紗季はうぐっと喉を詰まらせた。

「そ、そう。なら話は早いわ。単刀直入に言うと、監督の藤堂さんから直々にお願いされたの。映画に関する衣装全般をオフィス クリスタルのサザンクロス担当者に任せたいと」
 
え?と明日香は眉根を寄せて陽子と顔を見合わせる。

「映画の衣装を、どうしてサザンクロスの担当者に、なんてことになるんですか?ステージ衣装と映画撮影のスタイリングは畑違いですよね?」

アイドル部門担当の明日香達は、基本的にサザンクロスとコットンキャンディがパフォーマンスする際の衣装を製作している。
テレビの歌番組やコンサートで映えるような衣装は、普段着とは大きく異なる。
ファッション雑誌やドラマの撮影などには別の担当部門が携わることになっており、今回もその流れの方が自然だった。

「映画の衣装なら役衣装になりますし、1からデザインせずに既製服をリースしますよね?私達、めったにリースなんてしませんよ?」
「もちろんその事情は富田さんを通して藤堂監督にお話したわ。それでもやっぱり、サザンクロスの担当者にってことだったの」
「何か理由があるんですか?」

明日香の問いに、紗季は頷く。

「富田さんの話では、藤堂監督は10年前に瞬とドラマで一緒に仕事をしてから、サザンクロスの他のメンバーにも興味を持ってくださったそうなの。それで、色々な彼らの番組を観ているうちに、衣装の違いが気になるようになったそうよ」
「衣装の違い?」

陽子も明日香も怪訝な面持ちになる。

「例えば、充希がMCをしている土曜日の番組があるでしょ?あの番組だと、充希がなんだかダサく見えてしまうんだって。歌番組の時はカッコよく思えるのに残念だなって」
「んー、まあ、あの番組はスタジオのセットがポップな色合いだから、基本的には衣装もビタミンカラーみたいになってしまうんでしょうね」

陽子の言葉に明日香も頷く。
彼らが歌番組以外に出演する時は、そのテレビ局の担当スタイリストが衣装を準備することが多い。
本人に似合う服装を考えてくれるが、やはり一番は番組のテーマやカラーに合うものが優先され、そこにスポンサーの事情が絡むと更に口出し出来なくなる。

充希のその番組では、スポンサーの製薬会社がチェックのロゴを使っていることもあって、毎回さりげなく服のどこかにチェックの柄が取り入れられていた。
そしてそれは、およそ知的な雰囲気の充希に似合っているとは言えない装いだった。

「藤堂監督もその辺りの事情は承知の上で、だからこそ衣装はこだわりたいんですって。主役の瞬のカッコよさを最大限に引き出せるのは、いつもサザンクロスの衣装を考えているデザイナーしかいない。そして映画の世界観を統一する為に、衣装に関わること全てをそのデザイナーに任せたいって」
「なるほど。おっしゃることは理解出来ます。あの藤堂監督ならそこまでこだわっても不思議ではないですし」
「そうですよね。少し気になるのは…」

陽子に同意してから、明日香は二人を交互に見ながら尋ねる。

「衣装に関する全てってことは、他の役者さんの衣装もってことですよね?その辺りは大丈夫なのでしょうか。特に女優さんとか…」

ある程度知名度のある女優ともなると、専属のヘアメイクやスタイリストがついていることが多い。
どの番組のどんな仕事でも、必ずそのスタッフを連れて現場入りするのだ。

「その点も富田さんに聞いてみたの。そしたら、まだ他の出演者の名前を伝える訳にはいかないけど、いわゆる大女優みたいな人はいないって。ほら、藤堂監督って、無名の新人をキャスティングして、一緒にまっさらな状態から作品を作り上げていくタイプでしょ?代表作があってイメージや先入観を持たれそうな役者さんは、敢えてメインには置かない方針だから」
「んー、それなら大丈夫そうですね」
「あ、じゃあ陽子は引き受けてくれる?この仕事」
「そうですね。私も勉強になりますし、クビにならない限りは頑張ってやらせて頂こうかと」
「良かった!明日香は?」

二人同時に振り返られ、明日香は困惑する。