6月27日。

璃玖先輩の誕生日一日前。

璃玖先輩の記憶が、リセットされる前日。


「璃玖先輩、どこか行きたいところ、ありますか?」


「どこでも。」


「じゃあ、僕の家、とか……。」


「……へ?」


「いや、あの、やましいことは何も……。」


「日付が変わる前には送りますから!」


「あはは、ちーくんって本当面白いよね。」



「あんまりいいものはないですけど……。」


「ううん、いいの。」


「私は、今日ちーくんといられればそれでいい。」


……あ、ズルい。

照れてしまいそうだった。



「もう、5時なんだね。」


「送ります。」


「ちーくんの家で19歳迎えてもいい気がしてきた。」


「……ダメですよ、そんなの。“明日の璃玖先輩”が驚きます。」


「じゃあ、“明日の私”に向けてメモを残しておけばいい。」


「起きてすぐに残されたメモを見ても、自分の筆跡かどうかなんてわからないんじゃないですか。」


「ちーくんって現実主義だね。」


「……僕だって怖いんですよ。“今日の璃玖先輩”が、もう明日にはいなくなっちゃうから。」


「ねぇ、智紘くん。」


璃玖先輩が僕の名前を呼ぶ。


「智紘くんは、明日も“私”に会ってくれるよね?」


「当たり前です。」


「じゃあさ、“智紘くんを忘れた私”って、“私”じゃないのかな?」


「……違います。」


「智紘くんは、私を見つけてくれるんだよね?」


「はい。」


「なら、いいじゃん。私は、智紘くんが側にいてくれるなら、それでいいよ。」


「そりゃあね、“自分が記憶障害だ”って知った時は辛かったけど、少なくとも、“今”は、“この時間は”、独りじゃないから。」


「だから、大丈夫。大丈夫なんだよ。」



「……本当に、いいんですか。先輩の家に泊まるなんて。」


「うん。“明日の私”にはこんな格好いい彼氏がいるんだよーって自慢したいからね。」


「先輩って、そんなキャラでしたっけ?」


「さあね」


それから僕は、先輩の家で先輩が作ってくれた手料理を食べ、お風呂をいただくという十分すぎる接待を受けた。


「ちーくん」


「何ですか、先輩。」


「私が起きたら、ちゃんと自己紹介してね。あと私の説明も。」


「わかってます。」


「ちーくん」


「何かありましたか、先輩。」


「好きだよ」


「僕もです。」


「おやすみ」


「おやすみなさい。」