〇学校の外・帰り道(夕方)

千颯の言葉に驚いて固まる菜花。
真剣な顔を向ける千颯。
しばらく無言が続き、慌てて口を開く菜花。

菜花「冗談、だよね?」
千颯「俺は本気だよ」
菜花「だって、わたしなんて……」
千颯「俺は、菜花以外は考えられない。菜花があいつと【つがい】関係を解消できてよかったと思ってる」
菜花「え?」
千颯「これで、俺は堂々と菜花のそばにいられる」

どくんっと胸が高鳴る菜花。
不安な顔でおずおずと訊ねる。

菜花「どうして、わたしなの? 理由を教えて」
千颯「それは」
菜花「わたし、もうあんな目に遭いたくない!」

涙をこらえながら訴える菜花。
驚き、表情を歪める千颯。

菜花「ごめんなさい。千颯くんがそんな人じゃないってわかってる」
菜花「だけど、不安なの。わたしは【つがい】として何の役にも立たないから」
菜花「きっと、千颯くんもいつか、わたしに呆れていやになっちゃうよ」

涙ぐむ菜花を見て、ぎりっと歯噛みする千颯。
同時に菜花をぐいっと抱き寄せる。

菜花「ち、千颯く……」
千颯「君は心の綺麗な人だから」
菜花「え?」
千颯「俺は人の<オーラ>が見えるんだ。心の」

初めて聞く言葉にきょとんとする菜花。

千颯「今まで生きてきて、これほど綺麗な人に会ったことがない」

どきりとして頬が熱くなる菜花。

千颯「この能力のせいで、人の内面がわかってしまう」
千颯「今まで俺に近づいてくる人はみんな、心に淀んだものがあった」
千颯「俺の家柄で近づく者、俺と知人になってステータスがほしい者」
千颯「みんな自分にメリットがあるから俺に近づいてきた」

菜花をじっと見つめて笑顔になる千颯。

千颯「君は何の淀みもない」
千颯「俺が有名な家門だとわかっても、俺に媚びてくることもなく、心の<オーラ>も綺麗なまま」
千颯「初めてなんだ。君のようなまっさらで綺麗な人に出会ったのは」

千颯の腕の中で驚いたまま彼の顔をじっと見つめる菜花。

千颯「だから、俺の【つがい】になってそばにいてほしい」

照れくさそうにしながら菜花を見つめる千颯。
しかし、ふと思いついたように補足する。

千颯「無理強いはしたくない。だから、その気がないならせめて形だけでもいい」
菜花「どういうこと?」
千颯「俺の【つがい】なら菜花は誰からも今までのような扱いを受けることはない」

菜花に微笑みかける千颯。

千颯「お互いに悪いことじゃないと思う」

ドキドキしながら、少しの懸念を口にする菜花。

菜花「それって、なんだかわたしは千颯くんに甘えているみたい」
千颯「そんなことはない。俺のほうがお願いしている立場だから」

まっすぐ菜花の目を見て訊ねる千颯。

千颯「俺の【つがい】になってくれる?」

どきりとして頬を赤らめる菜花。

菜花(わたしが千颯くんに釣り合うとは思えないけど、形だけなら)

微笑みながらうなずく菜花。

菜花「はい。よろしくお願いします」

千颯は「やった」と言って菜花を抱きしめる。
千颯の胸の中で赤面する菜花。

菜花(千颯くん、あたたかい。うれしい)
菜花(千颯くんが【つがい】なら幸せだよ)

そっと千颯の背中に手をまわして抱きしめる菜花。


〇千颯の家・キッチン(朝)

朝食を作っている菜花。
そのとなりで菜花を手伝うハル。
テーブルに料理を並べていく。
玉子焼き、サラダ、焼き魚、煮物、漬物。
茶碗に白飯をよそうハル。
菜花が味噌汁の椀をテーブルに置いたとき、千颯がダイニングに顔を出す。

千颯「おはよう。いい匂いだな」
菜花「ハルさんが手伝ってくれたんだよ」
千颯「任せてもいいんだよ。菜花はゆっくりしても」
菜花「えっと……千颯くんに食べてもらいたかったんだ。わたしの料理」

照れくさそうに言う菜花を見て、頬を赤らめる千颯。
お互いにしばらく目をそらしたまま立ち尽くす。
すると、ハルがにこにこしながらテーブルに茶碗を置いた。

菜花「さ、冷めないうちに、食べよ」
千颯「……そうだな」

照れくさそうにりながら椅子に座る菜花と千颯。
ハルは笑顔で突っ立ったままだ。

菜花「あの、ハルさんは食べないの?」
千颯「ああ。小龍(しょうりゅう)は食事をする必要はないんだ。俺の<気>を分け与えているから」
菜花「じゃあ、レンはどうして?」
千颯「あいつはただ食べるのが好きだからな。まあ、食事をしてくれれば俺の<気>が減らずに済むんだけど」

ハルをじっと見つめる菜花。
そして千颯に提案する。

菜花「だったらハルさんもレンも一緒に食べようよ。みんなで食べるほうが楽しいよ」
菜花「千颯くんもそのほうが霊力を温存できていいんじゃない?」

きょとんとする千颯。

千颯「そうだな。あまり考えてなかった」
菜花「そうだよね。千颯くん、前に朝ごはんを食べていないって言ってたから、ひとりだと食べないでしょ?」
千颯「あー、朝起きるのが遅くなると面倒なんだよな」
菜花「ちゃんと食べないとだめだよ」

真剣な顔で話す菜花にたじたじの千颯。
そしてふっと笑いをもらす。

千颯「菜花が一緒にいてくれるから、毎朝ちゃんと食べるよ」

急にそんなふうに言われて頬を赤らめる菜花。

千颯「レン!」

千颯が呼ぶと小白龍のレンが現れる。

千颯「ハルも一緒に食おう」

すると、すでに自分の白飯を茶碗によそっていたハルは菜花のとなりにちょこんと座る。

千颯「いただきます」
菜花「いただきます」

味噌汁を一口飲む千颯。

千颯「あーうまいなあ。体に沁みる」
菜花「ありがとう。そう言ってくれると本当にうれしい」

レンは千颯の玉子焼きをぱくりと食べる。

千颯 「あーこら、俺のだぞ」
菜花 「ふふっ、わたしのあげるよ」

味噌汁を飲んでほうっとため息をつくハル。
食事をしながら笑みがこぼれる菜花。

菜花(こんなに楽しい時間が過ごせるなんて、少し前まで思いもしなかった)

千颯とレンのやりとりを見つめる菜花。

菜花(千颯くん、本当にやさしいなあ。ずっと、こんなふうに過ごせたらいいな)

千颯「あ、そうだ」

急に話題を持ち出す千颯。

千颯「一応、報告しておくけど。君のお父さんにはちゃんと説明して護衛もつけたから」
菜花「ありがとう。お父さんのことが心配だったの」
千颯「ああ。君が俺の家で暮らして雛菊家が黙っているとは思えないからな」

不安な顔をする菜花に、笑顔を向ける千颯。

千颯「落ち着いたらお父さんと会えるよ」
菜花「本当にありがとう。どうやってお礼をしたらいいか……」
千颯「菜花が【つがい】になってくれたから、それで十分」

にっこり笑う千颯に対し、複雑な気持ちになる菜花。

菜花(それだけじゃぜんぜんお返しできていないと思うんだけど)
菜花(せめて食事とお弁当はきちんと作ろう)

菜花となりで白飯をぱくぱく口に放り込むハル。

千颯「もしかして不安?」
菜花「えっ……」
千颯「大丈夫。菜花は俺がぜったい守るから」

どくんっと胸が高鳴る菜花。
頬が熱くなり、思わずうつむく。

菜花(やだ、わたし……どうしてこんなにドキドキするの?)

千颯「あーっ! お前、俺の魚ぜんぶ食ったな!」

もぐもぐしていたレンは魚の骨だけを口から吐き出す。

千颯「俺、ひと口も食ってないのに」

レンはきゅるんっとした目でくいっと首を傾げる。

千颯「こいつ……」

半眼で睨みつける千颯に、菜花が自分の皿を差し出す。

菜花「わたしのお魚一緒に食べよ」
千颯「いいのか?」
菜花「うん。次はもっとたくさん作るね」
千颯「ありがとう、菜花。これもうまいな」

うれしそうに食べる千颯を見て、頬を赤らめる菜花。


〇千颯の家・縁側(夜)

縁側に座って夜空を見あげる千颯。
そこには少し欠けた月がぽっかり浮かんでいる。
そこへ寝間着のワンピースを着てやって来る菜花。

菜花「千颯くん、お風呂ありがとう」
千颯「ああ。少し話さない?」
菜花「うん」

千颯のとなりに座る菜花。
すると千颯は菜花の肩にふわっと上着を羽織らせる。

菜花「ありがとう」

照れくさそうに笑う千颯。
しかし、すぐに真剣な顔になり、菜花に話しかける。

千颯「あのさ、あまり思い出したくないことかもしれないけど、どうしても訊きたいことがあるんだ」
菜花「何?」

どきりとして少し身構えてしまう菜花。
千颯は少しためらいながらも口にする。

千颯「空木誠人と邪霊に出くわしたあのとき、君はいったい何をした?」
菜花「えっ……?」
千颯「君が死にかけていたのは、怪我をしたからでも、邪霊に吞まれて呼吸ができなくなったからでもない」

眉根を寄せて険しい顔で告げる千颯。

千颯「霊力を完全に失っていたからだよ」