〇自宅(夕方)

洗濯した制服を自室に干す菜花。
先ほど出会った千颯のことを思い出す。

菜花「あの人、すごい力だった」

千颯の姿を思い浮かべながら呪文を口にする菜花。

菜花「爽風華(そうふうか)

ふわっと風が吹いて菜花の制服を包み込む。
濡れた制服は少しずつ乾いていく。
しかし菜花の力では完全に乾かすことはできない。

菜花「これくらいならきっと明日には乾くよね」

学校のことを考えて鬱々とする菜花。


〇居間(夜)

畳みに正座して父と夕食を食べている菜花。
メニューは野菜炒めと干物と白飯と味噌汁。

父「菜花、学校はどうだい? 無理していないか?」
菜花「大丈夫。大変だけど頑張ってるよ」
父「そうか。それはよかった。ごめんな。父さんが不甲斐ないばっかりに」
菜花「そんなことないよ。また一緒に暮らせてうれしいもん」

父に笑みを向けながら、話を切り出す菜花。

菜花「それであの、相談があって」
父「何だい?」
菜花「わたし、バイトしようかなって思うんだけど」
父「今の生活費では足りないのか?」
菜花「ううん。ほら、学校の友だちに遊びに誘われたりするんだ。お小遣いくらい自分で稼ぎたいし」
父「ごめんな。父さんの稼ぎが少なくて」
菜花「そんなことないよ! わたしのわがままだから」
父「わがままじゃないよ。高校生なら当たり前だ。もう少しお小遣いを増やしてあげたいんだが」
菜花 「大丈夫。それに社会勉強にもなるかなって」
父「そうか。菜花がそうしたいならそれでいいけど、学校との両立は大変じゃないか?」

精霊師の学校は一般とは違って厳しい訓練や実習やたまに山修行なんてのもある。
両立はかなり厳しい。
特に菜花のように能力の低い者はそんなことをしている余裕はないが、誠人の要求する弁当のためにはやるしかない。

菜花「頑張ってみたいの。無理だったらやめるから」
父「そうか。菜花のしたいようにすればいいよ」
菜花「ありがとう」

精一杯の笑顔を向ける菜花。
父は安堵したように微笑む。

父「菜花はしっかりしているなあ。母さんに似たんだろうね」
菜花「もう大人だよ。昔みたいに泣いてばっかりじゃないよ」
父「強くなったね」

父の言葉に胸の奥がぎゅっと痛む菜花。
しかし父の前では笑顔を保つ。

菜花(お父さん、わたしちっとも強くないんだ。だけど、逃げるわけにはいかない)
菜花(もし学校に行けなくなったら強制的におじいさんの家に連れ戻されてしまう)
菜花(それだけは絶対にいやだから)


〇キッチン(早朝)

朝の5時から弁当作りを始める菜花。
お金がないのに無理して肉を買ってきた。
自分の家の食事は貧しいのに、誠人の弁当にはお金をかけている。

菜花(お父さん、ごめんね)
菜花(だけどわたしは【つがい】だから)

【つがい】に選ばれた者は相手と恋人契約をしたことになる。
この学園のしきたりだ。
【つがい】はお互いに協力し合って能力を伸ばしていくメリットがある。
無能の菜花を選ぶ者はひとりもいなかった。
しかしただひとり、誠人が菜花を【つがい】に選んでくれた。
だから菜花は必死に誠人に尽くそうと頑張っているが、なかなかうまくいかない。

菜花(これならきっと大丈夫だよね)

弁当のおかずは彼が要望したからあげに肉巻き。
そして玉子焼きとハンバーグも作った。
肉ばかりになってしまうので野菜炒めと煮物も少しだけ。
おにぎりの中身は昆布、かつお、梅、鮭、明太子だ。
結構食費がかかってしまった。

菜花(頑張らないと。わたしはあの場所で生きていかなきゃいけないんだから)


〇学校(昼)

弁当袋を持って誠人に指定された教室へ向かう菜花。

菜花(今日はきっと大丈夫)

ドキドキしながら誰もいないはずの教室の扉を開ける。
すると目に飛び込んできたのは誠人と他の女子がハグしている姿。

菜花(えっ……?)

衝撃で固まる菜花。
するとそれに気づいた誠人が相手の女子にキスをした。

菜花(う、うそ……どうして?)

どくどくどくと鼓動が鳴り響く菜花。
女子が振り返って菜花ににんまり笑う。

女子「やだぁ。お邪魔虫さんが来ちゃったあ」

その女子は誠人から離れると、長い髪をさらっとかきあげながら歩いてくる。
足が震える菜花を見て、女子は口角を上げ、通りすがりに菜花の足を引っかけた。
菜花はべしゃりと床に転び、弁当を床に落としてしまう。
その際、弁当の蓋が開いて中身が飛び散った。

女子「ダッサ……」
誠人「おいおい、お前何してんの?」

菜花を見てあざ笑う誠人。
床に這いつくばったまま顔を上げる菜花。

誠人「俺に落とした弁当食えって?」

どきりとする菜花。
クスクス笑う女子。

誠人「サイアクだわ、お前。ほんと無能だな」

ショックと混乱で呼吸が乱れる菜花。

誠人「何こいつ。おかしくなってるじゃん」
女子「あー気分そがれちゃったぁ」
誠人「食堂でも行こうぜ」
女子「何おごってくれるのぉ?」

誠人は女子と一緒に教室を出ていってしまった。
残された菜花は床に四つん這いになったまま、ぼろぼろ涙をこぼす。
ただ無残に飛び散った弁当のおかずを見て歯を食いしばり、声も出さずに泣く。

しばらくすると誰かがやって来たことに気づく菜花。
しかし顔を上げることができない。

千颯「あれ? 先客か」

どきりとする菜花。

千颯「ここ誰も使わないから昼寝に最適だったんだけど」

急いで涙を拭って笑顔を作り、顔を見ないようにしながら返答する。

菜花「ごめんなさい。すぐ、出ていくので」
千颯「菜花?」

起き上がろうとしたら千颯は目の前まで来ていた。
彼はしゃがんで、菜花の顔を覗き込む。

千颯「泣いてるの?」
菜花「え、えっと……お弁当、落としちゃって」
千颯「ああ……」

おかずの散らばった弁当を見て納得する千颯。

菜花「せっ……かく、作ったけど、もう……食べられ、ないね」

泣きすぎてしゃくりあげてしまう菜花。
すると千颯は驚きの行動に出る。

千颯「うまいよ、これ」
菜花「えっ!?」

かろうじて弁当箱に残ったおかずをつまみ食いする千颯。
驚愕の表情をする菜花を見てハッとする千颯。

千颯「悪い。勝手に食って。だめだった?」
菜花「違うの……それ、落ちたのに」
千颯「このへんは無事」

弁当箱を拾って、こぼれていないおかずを指差す千颯。

千颯「俺、朝も食ってないんだ。金払うからこれ食っていい?」
菜花「お金なんていらないよ。それに、こんなの……」
千颯「すげーな。ちゃんと煮物まである」
菜花「え?」

弁当箱を手に持って中身を確認し、笑顔になる千颯。

千颯「俺、揚げ物より煮物のほうが好き」

驚いて絶句する菜花。
同時に涙がこぼれ落ちる。

千颯「泣くなよ。無駄にしないからさ」

千颯は菜花に笑顔を向けたあと、宙を見つめて声を上げる。

千颯「顕現せよ。小白龍(しょうはくりゅう)

風が吹き、白い蛇のような小さな白龍が現れ、瞬く間に床に落ちたおかずをすべて吸い込んでしまった。
そして千颯のそばに寄り、弁当箱を覗き込む。

千颯「え? 足りないのか。じゃあ、半分こしよ」

白龍はうれしそうに首を縦に振る。
呆気にとられる菜花。

菜花「蛇なの?」
千颯「龍だ」

白龍がじっと菜花を見つめる。

菜花「ご、ごめんね」
千颯「名前はレン。かわいいだろ?」

レンは菜花に近づいてにこっと微笑む。

千颯「撫でてやると喜ぶよ」

そう言われて恐る恐るレンの頭を撫でる菜花。
レンは菜花にすり寄ってくるっと腕に巻きつく。

菜花「か、かわいい!」
千颯「そうだろ。こいつも菜花の弁当が気に入ったらしい」
菜花「本当? うれしい」
千颯「また作ってよ。もちろん手間賃は払うからさ」
菜花「うん。あ、でも……」

誠人の【つがい】である自分が別の男性に弁当を作るなどありえない。
やってはいけないと思い、菜花は無言で立ち上がる。
千颯にくるりと背中を向けて、菜花は謝る。

菜花「ごめんね。わたし、他の人の【つがい】なの」
千颯「あー……そうだったのか。俺こそごめん。無理言ったな」
菜花「ううん、おいしいって言ってくれてうれしかった。ありがとう」

深く頭を下げて礼を言い、部屋を出ていく菜花。

残された千颯はレンに向かってぼそりと呟く。

千颯「もしかしてあの子、俺のこと知らないのか」

千颯の腕に巻きついたレンがくねっと首を傾げる。
それを見て、ふっと笑みを浮かべる千颯。

千颯「悪くないな」