〇千颯の家・菜花の部屋(朝)

雪柳家の使用人ふたりに着物の着付けと髪を結ってもらう菜花。
着ているのは赤と白の花模様がある桃色の着物。

使用人1「お綺麗ですよ」
使用人2「こちらも完成しましたよ」

鏡の前で自分の姿を見てため息を洩らす菜花。
髪はアップで大きな花柄の髪飾りがしてある。

菜花「これ、わたし?」
使用人「お似合いですよ。お坊ちゃんが選ばれた着物です。菜花さんのために」

頬を赤らめる菜花。
するとそこへスーツ姿の男性がやって来る。

蓮華「おはようございます。私は雪柳家の執事をしている蓮華と申します」
菜花「おはようございます」

慌てて頭を下げて挨拶をする菜花。

蓮華「これからパーティ会場へお連れいたします」

淡々と告げる蓮華に、少し緊張ぎみの菜花。

菜花「よろしくお願いします」

ぺこりとお辞儀をする菜花。
玄関を出る際、笑顔で手を振って見送ってくれる使用人たち。

車中でスマホのメッセージ画面を確認する菜花。

千颯『一緒にパーティに出席してほしい。会場で待ってるから』

スマホをぎゅっと握りしめて窓の外を見つめる菜花。


〇パーティ会場(昼間)

会場に到着し、車から降りる菜花。
送ってくれた蓮華にぺこりとお辞儀をして会場へゆっくりと向かう。
周囲にはドレスアップした学校の生徒たちや、その親と関係者がぞくぞくと集まっている。

菜花(大丈夫。千颯くんがいる)

ドキドキしながらひとりで会場入りする菜花。

会場に着いたことをメッセージで知らせるが、千颯からの返信はない。
菜花はきらびやかなシャンデリアのある広いロビーの下でどこへ行くべきか迷う。
人が多く、ぶつかりそうになって慌てて避ける。

菜花「あ、ごめんなさい」
先輩女子1「いいえ」

ふわっとしたオレンジのドレスを着た女子が友人たちと立ち去っていく。

先輩女子1「あの子、誰だっけ?」
先輩女子2「さあ? 見かけない子だわ」

そのあと、スーツや袴姿の見知らぬ男子たちに声をかけられる。

先輩男子1「ねえ、君。高等部の子?」
菜花「……はい」
先輩男子1「へえ、ひとり? 俺たちと一緒に行動しない?」
菜花「いいえ。あの、わたしには【つがい】がいるので……」

すると、男子たちはすぐに険しい顔になる。

先輩男子1「なんだ、連れがいるのかよ」
先輩男子2「お前、振られてるじゃん」
先輩男子1「うるせぇよ」

すぐに立ち去ってくれたのでほっと胸を撫で下ろす菜花。

葵生「菜花さん」
菜花「葵生くん、来てたんだね」

葵生と出会って安堵する菜花。
葵生はぶかぶかのスーツを着ている。

葵生「一応、公式行事だからね。親がうるさいんだ」
菜花「そっか。でも、葵生くんがいてよかった」

にっこり笑う菜花に照れくさそうにする葵生。
すると着物姿のクラスの女子たちが菜花に気づいて近づく。

女子1「雛菊さん、いたんだ? ずっと休んでるから来ないと思ってたわ」
女子2「葵生と一緒? やっぱりふたりは付き合ってんの?」

にやにやする女子たち。

葵生「違うよ。菜花さんには……」
女子1「ああ、いいや。興味ないし。関わったらまた怖い思いしちゃうしね」

さっさと立ち去っていく女子たち。

葵生「だったら話しかけてこなきゃいいのにね」
菜花「……うん」

菜花(やっぱり、クラスの子たちと仲良くなるのは無理なのかな)

落ち込む菜花。
ドリンクを運んでいるスタッフを見つける葵生。

葵生「飲み物とってくるよ。ここで待ってて」
菜花「あ、ありがとう」

人混みの中をかき分けて小走りで駆けていく葵生。
その後、背後から声をかけられる菜花。

咲良「あら、雛菊菜花さん」

どきりとして振り向く菜花。
そこには赤い洋装ドレスを着た咲良の姿。
そばにいる友人たちがにやにや笑っている。

咲良の友人1「あなた学校辞めたんじゃなかったの?」
菜花「いいえ、辞めてはいません」
咲良の友人2「じゃあ、わざわざ千颯さんと咲良さんのお祝いに来たわけ?」
菜花「えっ……?」

どくんっと鼓動が鳴る菜花。

咲良「今日は千颯が正式に【つがい】を選ぶのよ」
咲良「ここにいるみんなは雪柳家の次期当主が誰を【つがい】にするか注目しているわ」

どくんどくんと緊張で固まる菜花。

先輩友人1「とうぜん選ばれるのは咲良よ」
先輩友人2「ふたりは婚約者だものね」

足が震える菜花。
両手をぎゅっと握りしめ、うつむいている。

先輩友人1「ちょっと何か言ったらどうなの? 先輩を祝う言葉さえないわけ?」

菜花(だめ。強くなるって決めたんだから。うつむいちゃだめ)

顔を上げてまっすぐ咲良たちを見つめる菜花。

菜花「わたしは千颯くんを信じています」

その言葉に先輩たちは「は?」と眉をひそめる。

菜花(誰のどの言葉よりも、千颯くんを信じてる)

すると急に不機嫌になった友人のひとりが菜花の顔に飲み物をぶっかける。
ばしゃっと音がして菜花の髪も着物も濡れる。

先輩1「ごめんなさい。手が滑ったわ」
先輩2「やだ。わざとでしょ」

クスクス笑う先輩たち。
呆然とする菜花。
周囲の視線が集まってくる。

菜花(うそ……千颯くんがくれた着物が……)

咲良「こら、あなたたち。やめなさいよ」
咲良「これじゃ、まるであたしたちが後輩いじめをしているみたいじゃない」

そう言いながらも口角を上げる咲良。

咲良「でも、このままここにいるわけにはいかないわよね」
咲良「あなた、着替えてきたら? 恥ずかしいわよ。その格好」

咲良の言葉にぎゅっと唇を噛む菜花。

菜花(そうか。わたしをここから追いだすために……)
菜花(でも、千颯くんとの約束を破るわけにはいかない)

真剣な顔で咲良を見据えて告げる菜花。

菜花「わたしは千颯くんに会うまで帰れません」
先輩友人1「何こいつ生意気!」

いきなり先輩に髪を引っ張られる菜花。
すると結い上げた髪がほどけてくしゃくしゃになる。

男子1「おいおい、なんだあの子」
男子2「汚ねぇな。さっさと出て行けよ」
女子1「やだ。恥ずかしー」

周囲のざわめきが聞こえて真っ赤になる菜花。
飲み物を2つ持った葵生が戻ってきて慌て出す。

葵生「菜花さん! 拭くものとってくるから!」

そう言ってふたたび駆けていく葵生。

咲良「ほら、出ていきなさい。せっかくのパーティが台無しになるわ」
咲良「あなたもバカじゃないでしょ? 場の空気くらい読みなさいよ」

目に涙が浮かぶが、ぐっと拳を握りしめて堪える菜花。

菜花(恥ずかしい。もう帰りたい。でも……)
菜花(千颯くんに会うまでは……)

すると誰かが声を上げる。

男子1「千颯さまだ!」

白銀の髪に紺の和装姿の千颯が現れ、周囲がどよめく。

女子1「パーティに顔を出されるのはいつぶりかしら?」
女子2「今夜、千颯さまは【つがい】を選ばれるみたい」
女子3「誰が選ばれるのかしら?」
女子4「やっぱり大手毬家の咲良さまじゃない?」

腕を組み、笑みを浮かべる咲良。
千颯を見て泣きそうになる菜花。

菜花(こんな、格好じゃ……千颯くんに申しわけないよ)

うつむいてぎゅっと目を閉じる菜花。
千颯はゆっくりと咲良と菜花の方向へ歩いてくる。
話しかけようとする咲良を無視して菜花へ近づく千颯。
驚いて菜花を凝視する咲良。

千颯「菜花」
菜花「え?」

顔を上げてまっすぐ千颯を見つめる菜花。
冷静な顔で告げる千颯。

千颯「君を正式に俺の【つがい】にするとここで誓う」

周囲にどよめきが走る。

男子1「うそだろ? どうしてあの子が?」
男子2「無能だって噂だよな?」
女子1「何かの間違いでしょ? だってあの子、空木誠人の【つがい】じゃなかった?」
女子2「そっちは解消したらしいわよ」

複雑な顔で目をそらす誠人。
じろりと菜花を睨みつける咲良。
驚いて混乱する菜花。
冷静な表情で菜花の髪に触れる千颯。

千颯「誰にやられた?」

黙り込む菜花を見て、目を細める千颯。
そして突如、菜花を抱き寄せる。
周囲がざわめく。

菜花「ち、千颯くん」
千颯「心配するな」
菜花「え?」
千颯「もう大丈夫。俺がそばにいるから」

千颯の腕の中で、堪えていた涙があふれる菜花。
菜花を抱きしめたまま、周囲を睨むように見つめる千颯。
そして、全員の前で彼は宣言する。

千颯「全員よく聞け。俺の【つがい】は雛菊菜花だ。今後、彼女にこのような真似をしてみろ」

どきりとする女子たち。
驚愕の表情で傍観する男子たち。
彼らを睨みつける千颯。

千颯「雪柳家の龍神がお前たちに報復をする」

千颯の銀髪が揺れ、風が起こり、彼の背後に巨大な龍が現れる。
その威圧感に圧倒され、悲鳴を上げながら恐れおののく者たち。
菜花が顔を上げるとそこには涼しい顔をする千颯。
涙がこぼれ、安堵の表情を浮かべる菜花。

菜花(千颯くん……信じてよかった)

布巾を持って戻って来た葵生が思いきり拍手をする。
すると会場全体が拍手に包まれる。


〇千颯の家・縁側(夜)

久しぶりにふたりで星空を眺める菜花と千颯。
おもむろに千颯が菜花に声をかける。

千颯「菜花、あのさ……」
菜花「うん」

頬を赤らめて少し目をそらす千颯。
しかし、すぐに意を決して菜花に視線を戻す。

千颯「俺、菜花のことが好きだ」
菜花「え?」

真っ赤な顔で告白する千颯。

千颯「最初は心が綺麗な人だから惹かれた。でも一緒に暮らして、毎日楽しくて」
千颯「ずっと菜花と一緒にいたいって思った」

菜花「千颯くん……」

千颯「俺、菜花が実家に帰って、ひとりで星を見てもつまんなくて」
千颯「毎晩、寂しくてたまらなかった」

頬を赤らめながら涙ぐむ菜花。
菜花をまっすぐ見つめる千颯。

千颯「形だけじゃなくて俺の一生の【つがい】になってほしい」

涙がこぼれ落ちる菜花。

菜花「わたしも、千颯くんが好き。ずっと一緒にいたい」
千颯「うん。ずっと一緒にいよう」

菜花の頬をつたう涙を指先で拭う千颯。
それから菜花の頬を撫でながらそっと口づけをする。

菜花「ち、はやく……」
千颯「菜花、好きだ」

今度は菜花を強く抱きしめる千颯。
千颯の背中に腕をまわして抱きしめる菜花。

菜花(わたしたちの未来はきっと、たくさんの困難がある)
菜花(だけど、わたしは強くなるよ)
菜花(あなたを守るために)


流れ星が夜空をすーっと一筋駆けていった。