〇菜花の自宅(昼間)

壁や床が破壊された室内。
瓦礫の下から顔を覗かせる千颯。
手足が拘束された状態の菜花。
千颯を見下ろしてあざ笑う宗源。

母 『菜花、<言霊(ことだま)>は悪いことに使ってはだめ』

母の言葉を思いだし、ぎゅっと目を閉じて考える菜花。

菜花(何を言えばいい? どうしたら、誰も傷つけずに済むの?)

千颯に向かって冷たく言い放つ宗源。

宗源「雪柳家の天下もこれで終わりだな」
千颯「レン!」

千颯が叫ぶとにょきっとレンが現れ、宗源の腕に巻きつく。

宗源「くそっ、鬱陶しい雪柳家の精霊が!」

怒りの形相で千颯に手をかかげ声を上げようとする宗源。
とっさに思いついた言葉を発する菜花。

菜花「おじいさん(・・・・・)おうちに帰って(・・・・・・・)!!!」

ふっと宗源の姿が消え、あたりがしんと静寂に包まれる。
呆気にとられる千颯。
拘束されていた木の根も消えて手足が自由になる菜花。

菜花「千颯くん!」

千颯のところに駆けつけようとして途中でばたりと倒れる菜花。

千颯「菜花……!」

瓦礫からどうにか抜けだす千颯。
しかし足を怪我しているため歩けず、四つん這いで菜花のところまで這ってくる。
顔を上げて千颯を見つめる菜花。
その視界がひどく歪んでいる。

菜花(寒い……また、あのときと同じ……)

千颯が手を伸ばす。
その手を握ろうと菜花も手を伸ばすが届かない。

菜花「ごめ……ち、は、やく……」

菜花(約束やぶってごめんね)
菜花(それでもわたしはあなたを助けたかった)

千颯「菜花あああっ!!!」

千颯の悲鳴じみた声がかすかに菜花の耳に届く。
そのまま意識を消失する菜花。


〇雛菊家・本家の屋敷(昼間)

居間で声を荒らげる宗源。

宗源「これはどういうことだ? 何がどうなってる?」
使用人 「私どもも何がなんだが……」

狼狽える使用人たち。
膝をついて驚愕の表情でうつむく宗源。

宗源(なぜ? 私は今まで菜花のところにいたはずだ)
宗源(あの少年が何かしたのか?)

千颯を思い浮かべる宗源。

宗源(瞬間移動だと? 雪柳家はそんな力を持っていたのか?)

周囲は宗源の顔色をうかがいながら動揺している。

宗源(やはり雪柳家の力には及ばないのか)

宗源のそばで狼狽えながら訊ねる使者。

使者「菜花さまのことはどうされますか?」
宗源「いったん立て直す。向こうがこんな力を持っているなら到底敵わない」

宗源がそう言うと、使者たちは深々と頭を下げて立ち去る。
縁側に立ち、庭を見つめながら眉をひそめる宗源。

宗源(あのとき何が起こった?)
宗源(考えてもさっぱりわからない)

宗源「ええいっ、くそっ!!」

宗源が叫ぶと植木の花がぽとりと落ちる。


〇雪柳家・本家・寝室(夕方)

ベッドの中で目が覚める千颯。
すぐに体を起こそうとするが、ハルにそっくりの小柄な使用人に体を押さえられる。
怪訝な顔をする千颯に向かって声をかける璃々。

璃々「お前はまた派手にやらかしたわねえ」

驚いて璃々に顔を向ける千颯。
璃々は椅子に座って足を組んでいる。
そばには執事の蓮華が直立不動の姿勢でいる。

千颯「母さん、どうして……」
璃々「怪我をして倒れていたのよ。菜花ちゃんの家で」
千颯「菜花? 菜花は……」

ふたたび体を起こそうとして小柄な使用人にぺちっと額を叩かれる千颯。
そのままばたりとベッドに横たわる。

璃々「菜花ちゃんはお前の家に運んだわ。とりあえず生きてるから安心しなさい」

ほっと安堵のため息を洩らす千颯。

千颯「菜花のこと、どこまで知ってる?」
璃々「お前と同棲してるとこまでは知ってるわよ」
千颯「なら話が早い。俺は菜花を正式に【つがい】にする」

呆れ顔でため息をつく璃々。

璃々「咲良ちゃんはどうするの?」
千颯「そもそも咲良とはそういう関係じゃない。縁談はずっと断ってるのに母さんが勝手に進めてるだけだろ?」

じろりと璃々を睨みつける千颯。

璃々「別に進めてるわけじゃないんだけどね。大手毬家は厄介よ」
千颯「どうにかする。俺の人生は俺が決める。大手毬家にも母さんにも口は出させない」

眉をひそめ、表情を強張らせる璃々。

璃々「偉そうなこと言うんじゃないわよ。お前も菜花ちゃんもあたしが見つけなければ死んでいたわよ」

どきりとして絶句する千颯。

璃々「特に千颯。お前は霊力が弱くなってる。菜花ちゃんに分けてあげてるんでしょ?」

かああっと真っ赤な顔する千颯。
平然と話を続ける璃々。

璃々「お前が菜花ちゃんの家に張った雪柳家の結界が雛菊家のじじいに破られた」
璃々「こんなことは、ありえないし、許されない! うちの力があの家に劣るなど前代未聞だ!」

怒りの表情を浮かべ、金の髪を逆立たせる璃々。
璃々の<気>が炸裂し、テーブルにあった書類が吹き飛び、棚から本が落下する。
そばにいた蓮華が落ちた本を拾って棚にさし、書類を丁寧に重ねて置く。
反論できずに顔を背ける千颯。
ふたたび冷静になり、腕組みをして静かに告げる璃々。

璃々「菜花ちゃんと一緒にいると、お前は弱くなる。それはうちの家にとって損でしかない」
璃々「それを承知で菜花ちゃんを受け入れることはできないわ」

ゆっくりと体を起こし、璃々と目を合わせる千颯。

千颯「それだけ?」
璃々「何が?」
千颯「母さんが懸念しているのはそれだけか?」
璃々「雛菊家との因縁のことならあたしはそこまで興味はない。ただ、お前の力が衰えるのは見過ごせない」
千颯「わかった」

ベッドから降りてよろりと立つ千颯。
それを小柄な使用人が支える。
千颯は璃々をまっすぐ見つめて言い放つ。

千颯「つまり、俺が今より強くなればいいんだ」

驚いて目を見開く璃々。

千颯「菜花を守って、雪柳家も今の地位を揺るがすことのないくらいの力を俺は身につけてやる。それで文句はないだろ?」

璃々を真顔で見つめてそう言ったあと、足を引きずりながら部屋を出ていく千颯。
小柄な使用人が慌てて千颯を支えながら出ていく。
腕組みをして座ったままぽかんとした顔をする璃々。
執事の蓮華は無言。
しんと静寂が訪れる室内で、蓮華に声をかける璃々。

璃々「え? 何……うちの子、めちゃくちゃイケメンじゃない?」
蓮華「はいはい、親バカ」


〇千颯の家・別邸・寝室(夜)

布団に横たわっている菜花。
そばに不安そうな顔をする父の姿。

父「菜花」
菜花「お父さん? ここは?」
父「千颯くんの家だよ」
菜花「千颯くんは?」
父「大丈夫。彼は少しのあいだ実家にいるそうだ」

記憶をぼんやり辿っていくと、思い出すのは破壊された自宅のことだ。

菜花「お父さん、うちの家……」
父「修理は無理そうだから取り壊すことになった」
菜花「じゃあ、住むところは?」
父「雪柳家の人がしばらくここにいていいと言ってくれたよ」
菜花「ごめんなさい。わたしが家に帰ったばかりにこんなことに……」
父「菜花が謝ることはないよ」

父は少し考え込んで、菜花に笑みを浮かべて話す。

父「実は父さん、転勤することになったよ」
父「ずーっと西のほうの田舎町なんだ」
父「一緒に来るかい?」

どきりとする菜花。
父は微笑みながら話す。

父「何もかも忘れて、普通の女の子として学校へ行って、友だちも作って」
父「そういう人生も、菜花にはありだと僕は思うよ」

菜花(ずっと望んでいた精霊師ではない普通の暮らし)

菜花の頭の中にぼんやりと浮かぶ。
友だちと学校でおしゃべりしたり、放課後に買い物に行ったり、カフェに行ったりする何気ない日常。
そんな憧れの妄想をしたあと、すぐに首を横に振る。

菜花「でも……どこへ行っても、おじいさんはわたしを追いかけてくるよ」
父「……そうだね」

父は鬱々とした表情でうつむく。

菜花「お父さん、わたしは大丈夫。千颯くんがいてくれるし、それに……」
菜花「雛菊家の血筋として生まれた以上、わたしはこの運命からは逃れられない」
菜花「それでも、精いっぱい生きたい」

不安そうな顔で見つめる父に笑顔を向ける菜花。

父「菜花……ごめんな……父さんが、頼りなくて……ごめんな」

涙ぐみながら声を震わせる父。

菜花「そんなことないよ。わたし、どんなに苦しくても大丈夫」
菜花「お母さんがずっとわたしの心にいてくれるから」

目に涙をためてにっこり笑って話す菜花。

菜花 「お父さん、わたし……」
菜花 「お父さんとお母さんの娘に生まれてきてよかった」

ぼろぼろと大粒の涙を流す父。

父「菜花……」

菜花の手を握りしめて泣く父。
その手を包み込むように握って涙を流す菜花。


〇千颯の家・縁側(夜)

ひとりで夜空を見あげる菜花。
欠けた月がぽっかり浮かんでいる。
千颯から電話がかかってくる。

菜花「千颯くん、怪我は大丈夫?」
千颯『ああ、平気だ。菜花は?』
菜花「わたしも大丈夫だよ。そういえば小黒龍は……」
千颯『俺の<気>が回復したから戻ったよ』
菜花「よかった」

しばらく無言のあと、千颯が先に声を出す。

千颯『菜花、俺のこと、命を張って守ってくれたんだよな?』
千颯『ありがとう』

複雑な表情で笑みを浮かべる菜花。

菜花「ううん、わたしこそ、ずっと千颯くんに守ってもらってる」
千颯『……菜花』
菜花「うん?」
千颯『俺、誰に何を言われても、ずっと菜花のそばにいたい』

どきりとして頬を赤らめる菜花。

菜花「わたしも……千颯くんと、一緒にいたい」
菜花「だから、わたしはもっと、強くなるよ」

頬を赤く染めて涙ぐみながら告げる菜花。

千颯『俺も、強くなるから。俺と一緒にいて。菜花』
千颯『一緒に強くなろう』

満面の笑みを浮かべながら明るく答える菜花。

菜花「うん。だってわたしたち【つがい】だもんね」
千颯『ああ、そうだよ。唯一無二の【つがい】だ』

夜空を仰いで微笑む菜花。
その頬に涙が一滴つたって落ちる。

菜花(どんなにつらくても、千颯くんと一緒なら乗り越えられるよ)