「はぁ、ほんっと最高…っ!」

夕食が終わり、部屋でゴロゴロする至福の時間。

私はスマホで、ゲーム実況の動画を見ていた。

「こんなにPS高くていいなぁ…私もこれくらい上手くなりたいよ」

無意識にこぼれる独り言は、誰にも聞かれることなく(と思いたい)、静かな空間に消えていった。

コンコン、と小さな音がしてドアの方を振り向く。

奈子(なこ)〜、いる?」

またお母さんか。

きっとまた、同じセリフを言いに来たんだろう。

「あんた、今年は受験生なんだから、ちゃんと勉強しなさいよ〜?」

「はいはい、わかってるよ〜…」

「わかってないから言ってるんでしょ?もう…」

そのとおりだ。

受験生にもかかわらず、勉強をしていない私は、かなりおかしいといってもいいだろう。

「いい加減にしないと、家庭教師雇うわよ?成績ガタ落ちなんだし、頑張らなきゃ第一志望には受かれないっていつも言ってるのに…」

「いつも言われてるからやる気がでないの!やり始めようとする瞬間に言いに来るお母さんが悪いよ。というか、ちゃんと勉強してるから、邪魔しないでよね」

まあ、嘘だけど。

自分で言うのもあれだけど、ここまで留年せずに勉強についていけていたのが不思議なくらい、私は勉強が嫌いだ。

テストの点数は赤点以上平均以下、って感じだし、そもそも解こうという気力も湧いてこない。

まあ、だからこうやって「家庭教師を雇う」って毎日脅されるんだけど。

ほんっと、学ばないよねぇ…

「…勉強してるならいいけど、次のテストで平均以下だったら塾も検討するからね」

スリッパのパタ、パタ、という音が少しずつ遠ざかっていくのを確認して、また動画を再生し始める。

勉強しなきゃな、とは思う。

でも、目先の欲につられて、どうしても机に向かうことが出来ないんだ。

宿題でレポートを書くときだって、気づけばドキュメントじゃなくてゲーム画面が開かれてる。

テスト前日に足掻こうと徹夜で勉強しようとしても、いつの間にかスマホに手が伸びている。

まあ、まとめて言うなら、私は極端に勉強ができない性質、ってわけ。

「あーあ…一回読んだら全部暗記できたらいいのに。……暗記パンとか作れないかな…?」

某漫画キャラクターの秘密道具を頭の隅に思い浮かべ、ベッドの上に寝転ぶ。

別に高卒でもいいんだけどなぁ…なんて考えながら、眠りについた。



次の日、カーテンの隙間から差し込んでくる眩しさで目が覚めた。

勉強が嫌いな私は、学校も同じくらい嫌いだ。

「学校に行くのは、友だちに会うため」って言うヤツもいるけれど、今の私はまさにそれ。

渋々制服に着替え、身だしなみを整えて、かばんを持って階段を降りる。

自転車通学の私は、いつも早く起きなきゃいけない。

運動は好きだけど、早起きは嫌い。

ことごとく、私には学校生活が向いていないようにも思える。

「…おはよう」

「おはよう、奈子。早く朝ごはん食べちゃいなさい」

「はいはい…」

お母さんの作るご飯は美味しいんだけどなぁ…

もっとゆっくり食べれたら良いのに。

用意されていたご飯、玉子焼き、お味噌汁を飲み込んで、玄関へと向かう。

「行ってきます!」

そう家の中に叫んで、小走りで自転車置き場へと向かった。



「はぁ…」

クラスメートとの挨拶もままならないまま、自分の席に座る。

1番窓側だから、寝るのにはちょうどいい。

あともう少しだけ…

…あれ……?

私の隣に、席あったっけ…?

そういえば、クラスメートの女子がざわざわしていた気がする…

「…男子の転校生か…」

もういいよ、そういうの…

こんな受験シーズンに転校してくるやつとかいるんだ。

馬鹿なのかなぁ…?

受験終わってから引っ越したら良いのに。

いつもは早く来ている友達の葉那(はな)も居ないし。

「なんにもやる気出ないし、寝よ…」

そうつぶやいた途端、チャイムが鳴った。

「えー…眠いのに。」

「もう、奈子!そろそろ先生来るから、静かにしなよ!」

いつやってきたのか、目の前の席には、葉那が座っていた。

「はいはい。葉那さんは優等生ですねー。」

遅れそうな時間に来たくせに、という言葉は飲み込む。

葉那、怒ったら怖いんだよなー…

「静かにしろー!今日は転校生が来るぞー!」

担任は保健体育の先生だから、いつも元気だ。

どうやったらあんなに大きな声を響かせることができるのか、疑問に思うこともある。

途端にざわざわしだした女子生徒たちを見る。

残念、先生。逆効果だったみたいだね。

「んじゃ、入って自己紹介してくれ〜」

ガラガラと音を立てて開く扉からは、形容しがたいイケメンの男子が入ってきた。

イケメンに興味がない私でも、目を引かれてしまうって…どんなレベルだよ。

隣の席だということを呪いながら、転校生の方を見る。

「初めまして、颯天希望(はやてのぞむ)です。仲良くしてね」

ニコッと効果音が付きそうなくらい爽やかに笑う彼。

これだからイケメンは大変そうだ。

だって、微笑んだだけで、好きになられてしまうんだもんね。

そう思うと、私は美人じゃなくてよかった、とも考える。

「イケメンだねぇ…」

「面食い葉那め。一回その目やめなよ」

「どんな目よ」

「イケメンの顔を舐め回すような目」

「いやね、そんな目してないわよ」

「してるから言ってんの」

小声で喧嘩をしていると、どうやら女子たちの方も騒ぎが収まったようだった。

「じゃあ、颯天の席は窓側の角席な。木ノ瀬(きのせ)の隣だ」

「…はい。ここでーす」

名前を呼ばれてしまったので、渋々手を上げると、チクチクと刺さるような視線が全方位から飛んでくる。

はぁ。これだから「転校生の隣の席」は嫌なんだ。

「えっと、木ノ瀬さん、だよね。隣の席同士、これからよろしくね」

「…うん」

正直、仲良くする気は殆ど無いけど、こう言わなかったら女子に殺される…

長い半年になりそうだな、なんて思いながら、現国の準備を始めた。