「あ……」

 昔からこうやって人を揶揄うようなところのある人だった。
 けれど、こんなに気障な動作はしてなかったなって――ドキドキすると同時に、年月は人を変えちゃうんだなって、なんだかちょっぴりしんみりしてしまった。
 動揺しているのに気づかれないようにして返す。

「さすがにそんな冗談やめてください、最近はセクハラなんかにも厳しいんですよ」

「俺って冗談言うのは好きだけどさ、この手の嘘は吐かない男だって、まゆりちゃんが一番分かってるんじゃないかな?」

「それは……」

 あまりにも真摯で透き通るような瞳。
 じっと見つめられるものだから目が離せなくて、心臓の音が鳴りやんでくれない。
 大牙くんがクスリと笑んだ。

「それにしたって羊谷校長も悪いやつだな。色々分かってて、わざとああいう質問してくるんだからさ」

「え?」

「ううん、なんでもないよ、こっちの話。それにしても、あいつが噂のまゆりの元婚約者ってわけか……面白くないな」

 突然、羊谷校長先生の話題になったなと思ったんだけど、結局はぐらかされてしまったし、後半はうまく聞き取れなかった。
 こちらの視線に気づいた大牙くんがにっこり蕩けるような微笑を浮かべてくると、またもやドキドキして落ち着かなくなる。
 その時、校内アナウンスが流れて帰宅するようにと言いはじめた。
 危うく大牙くんペースに乗せられそうになっていたなと思って、自分に喝を入れる。

「説明も終わりです。明日からどうぞよろしくお願いします。それでは、これで業務終了です。龍ヶ崎先生も帰られてください、さようなら」

 内心の動揺を悟られないようにして、勢いよく席から立ち上がると、生徒指導室の扉へと向かう。
 その時――

「ああ、やっと業務終了か」

 背後から、大牙くんの気だるげな声。
 ふわりと柑橘系の香りが漂う。

「な……」

 胸の下、逞しくなった腕が回されていて……
 気づいたら後ろから抱きしめられてしまっていた。

「何を……」

 すると、首筋に彼の顔が埋もれてくる。

「ちょっと、離してください、ここは学校で! 教師同士こんなことをしてるのがバレたら……!」

 なんとか逃げようとして扉を開こうとしたけれど、鍵をかけられて逃げられなくなってしまう。

「もう仕事終わりなんだから、教師同士だなんて関係ないよ」

 強い力で抱き寄せられると、そのまま動けなくなってしまった。

「離して……あっ……」

「まゆりちゃんがさ、今言ったでしょう? もう業務は終了だって。ねえ、ずっと会いたかったんだ。あの時、子どもだった頃とは違う。もう二度と君を手離すつもりはない」


 囁くような甘い声音から逃げられなくなってしまったのだった。